2012年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。日本ゆる協会理事長として東日本大震災復興支援ゆる体操プロジェクトを指揮、自らも被災地でのゆる体操手ぬぐい配布活動、ゆる体操講習活動に取り組む。
- クラゴン
- レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約12年。2012年6月のVLN4時間耐久レースで、日本人レーサー史上初のSP4Tクラス優勝を果たす。
- 藤田竜太
- 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
クラゴン、ついにニュルブルクリンク優勝編(4)(2012.12.22 掲載)
初走行でクルマの特性を探っている間に、ピットではひとつの事件が起こっていた
高岡 その階段や梯子のない谷間をひとっ跳びして、向こう側の世界へ飛び越えてしまったわけだ。
でも、飛び越えてしまったということは、あとはまさに本質力の世界だよね。
だって、階段や梯子こそが、具体力なのだから。
クラゴン なるほど。それはすごく納得できるお話です。
高岡 で、5分ぐらいでクルマの特性をつかみきってどうしたの?
藤田 じつはクラゴンがそうしてアウディTT-RSの特性を探っていた最初の10分少々の間に、ピットではひとつの事件が起きていまして……。
高岡 お、得意の事件勃発か(笑)。今度の事件はどんな事件なのかな。
藤田 名付けて「クラゴン、期待外れ疑惑!?」とでもいいましょうか(笑)。
クラゴン はははは。事件というほどでもないんですが、さっきもお話した通り、ボクが一番最初にTT-RSに乗ったのは、1周25kmのニュルのフルコースではなく、4.542kmのニュルのGPコースだったんです。
それで一通りのチェックを終えた後、いよいよ本格的に走らせることになったのですが、そのとき、普通はピットを出て、GPコースを走ってそのまま1周20kmのノルドシュライフェ(北コース)に入って行くんですが、ボクはピット→GPコース、そしてもう1周GPコースを走ってから、ノルドシュライフェに突入していったんです。
藤田 GPコースの最終区間に分岐点があって、直進すればノルドシュライフェへ、もう一方はピットやGPコースのホームストレートへUターンできるルートになっているんです。
高岡 つまり、4.542km余分に走ったということだ。
- 余分に走ったGPコース1周分を
チームがカウントし忘れるというアクシデントが発生
クラゴン そうなんですよ。
でも、その余分な1周分をチームがカウントし忘れていたんです(笑)。
それで、GPコース1周+フルコースを一周走って戻ってきたら、チームが「タイムが遅すぎる!」とピリピリしていたみたいで……。
チームの勘違いで、シュマーザルの監督が抗議を受けることに
高岡 そうりゃ本来1周25kmのコースを、クラゴンは30km走って帰ってきたわけだろう。時間がかかるのは当然じゃないか(笑)。
クラゴン いや~。まったくおっしゃる通りでございまして(笑)。
今回、チームが想定していたタイムは、フルコースで9分を切るぐらいだったんですが、そのときのボクのタイムは11分50秒ぐらいでして。
高岡 8分後半のタイムを期待していたのに、11分50秒しか出なかったら、チームも「おいおい」って騒ぎたくなるよね。
藤田 実際、レーダーモータースポーツの監督さんは、クラゴンをチームに推挙したチーム・シュマーザルの監督に、「おいおい、いくらなんでもこのタイムじゃとても使い物にならないぞ。オマエが速いといっていたのに、ずいぶん話が違うじゃないか」と詰め寄っていましたから。
高岡 でもレーダーの監督も、シュマーザルの監督も、クラゴンが余分に走った1周のことは頭に入っていないんだろ、その時点では。
藤田 ええ。ですが、クラゴンの実力を知るシュマーザルの親分、いや監督は落ち着いたもんでしたよ。
レーダーの監督に対して「いやいや、アイツは去年もポルシェでどんなコンディションでもハンパじゃない走りをしでかしたオトコだから、絶対に遅いなんてことはありえない」と言い切っていましたから。
高岡 おお~。
藤田 で、そのまま2周目に入っていって、今度は通常のコースの使い方で走ったところ、きちんとチームの基準タイムをクリアして、一同ひと安心というか、シュマーザルの監督の面目が保たれたというわけでして(笑)。
高岡 それにしても、GPコースを1周余計に走ったことをカウントし忘れているなんて、精鋭チームにしてはちょっとお粗末な凡ミスだな~。
藤田 うん~、たしかにつまらないミスですが、練習走行が始まったばかりの時間帯というのは、ピットの方でもいろいろ準備が忙しいので、いったんマシンがコースに出ていったら、1周して戻ってくるまで8分ちょっとあるので、みんな別の仕事をしているんですよ。もちろん無線のスイッチは入っていますけど。
それで、8分ぐらい経過して、そろそろ戻ってくるな、と身構えていたら、9分経っても、10分経ってもクラゴンが姿を現さないので、「こりゃ一体全体どうなっているんだ」と、ざわつき始めたというわけです。
図らずもチームに好印象を与えるおいしい出来事に転じた
クラゴン そもそもGPコース2周がイレギュラーなんですけどね。アウディTT-RSはとにかく特殊なマシンですから、より難易度の高い北コースに行く前に、安全なGPコースでもうひと練習したかったんです。それでもたぶん、ボクがドイツ人だったら、一々大騒ぎするようなことはなかったのかな~、とも思いますけど……。
高岡 それはどういうこと?
クラゴン 11分50秒というタイムは、よほどのことでもない限り、出そうと思っても出せないほど遅いタイムなんですよ。極端な話、コース上でいったん止まって、お茶でも飲んで走り出さない限り(笑)、出ないようなタイムなんです。
もちろん、クラッシュやメカニカルトラブルが発生した場合は別ですが、そういう場合はきちんとピットに無線で連絡をするので、連絡がないのに10分経っても11分経っても帰ってこないので、これはドライバーのパフォーマンスの問題か? と疑われたわけです。そんなシビックよりも遅いようなタイムにも関わらず、ドライバーの実力が疑われたのは、ナゾのクラゴン(笑)に対する不安の成せる業かと思いまして。
高岡 なるほど。事情はよくわかったけど、けっきょくレーダー・チームが、クラゴンのことを知らなかったってだけの話なんじゃないかな。そんなの気にしなくたっていいんだよ。
現に旧知である、チーム・シュマーザルの監督は、文句を言われてもドンと構えて、レーダーの監督からクレームが来ても撥ね付けてしまったわけだろ。
クラゴン まあ、実際はボクが走っている最中でのやり取りだったので、あとで聞くまでは何も知らなかったんですけどね(笑)。
藤田 というより、むしろ1周目にこの誤解があって、二人の監督がやり取りしたおかげで、クラゴンが2周目にきちんとタイムを出したことを、より際立たせたというか、よりよい印象をドラマティックに与えたという意味では、おいしい出来事だったともいえるでしょうね(笑)。
クラゴン そうかもしれません! ちなみにこの写真が、きちんとタイムを出した後の、担当エンジニアの表情です。
- クラゴンの2周目のタイムを見て、
エンジニアからも満足そうな“Good job”サイン
高岡 この顔を見ると、もう大満足っていうのがわかるよね。
藤田君の言うとおり、これは絶対1周目からいいタイムを出した場合より、好結果を生んでいるはずだよ。いや~、クラゴンも美味しいところを外さないね~(笑)。
当人としては、図らずもこういうことになったんだろうけど、それを考えずにできるというのは、大物になってきた証拠だよ(大笑)。
クラゴン 丸っきり意図したわけではなかったんですが、何かそういう流れができていたのかもしれません(笑)!?
高岡 でも、それでチームのクラゴンを見る目も変わったんじゃない。
クラゴン 変わったといえば変わったんでしょうが、タイムを見て興奮するようなところはなかったですね。どちらかというと、「これなら、いつも通りのポジションでレースができるぞ」っていった感じでした。
そういう意味では、やはり相当レベルは高いチームなんだなと思いましたね。
高岡 そこはプロフェッショナルらしくクールなんだ。
“ブレーキに焼きを入れる”という重要な仕事を任されることに
クラゴン クールといえば、予選もかなりクールでしたね。
予選はボクが一番最初に走ったんですが、そのときチームから「ブレーキが新品だから、アタック前に焼きを入れてね」という指示がサラッと出たんですよ。
藤田 「焼きを入れる」というのは、まっさらのブレーキに熱を入れる作業で、レーシングカーではこの作業をしないと、適正なブレーキの利きを得られないんです。つまりこのマシンに乗った経験の浅いクラゴンにやらせるような作業ではないんですね。
クラゴン 具体的には、焼き入れが終わるまでほとんどブレーキが利かなかったり、ブレーキの踏み始めだけは利くけど、踏み込むと利かなかったり、そのマシンとブレーキによって全く違いますから、慣れないマシンで予選の前にやるようなことじゃありません。
藤田 普通はもっと厳しくして、予選の最初にチームに加入したてのドライバーを乗せることだってないんですけどね(笑)。
クラゴン まずそのマシンをよく知っているベテランが一番最初に走って、路面状況が良くてタイムが出そうなときにエースがタイムアタック、新人は余った時間にとりあえず走っておいてくらいのカンジです。
でも今回はなぜかボクの出番が最初で、しかもブレーキの焼き入れまでやらされるとは思ってもいませんでした。もし何か不都合があったらどうするつもりだったのか(笑)。
高岡 ブレーキにも焼きを入れるものなんだ、それは面白いね、日本刀と同じなんだ(笑)。そうか、それを任されたということは、信頼されているってことだよ。
クラゴン たしかに信頼はしてもらっていたようです。
と同時に、あのチームは「こいつは仕事ができる」となると、一気にそういうオーダーを増やしてくるんです。お客さん扱いされなくなるとでもいいましょうか。
高岡 ふーん。ということは、「どこの馬の骨がわからない」と警戒していたのは、やっぱり走る前までのことで、一度走りを見て、タイムを確認したら、一人前以上に頼りにしてきたんだね。
藤田 ときどき重たい仕事を任されたとき、「いや、ちょっと」と二の足を踏む人もいますけど、レーダーモータースポーツのようなプロ集団では、ドライバーにもプロフェッショナルであることを要求しますから。最初だけちょっとした勘違いもありましたけど(笑)。
- レーダーモータースポーツのようなプロ集団では、
加入したてのドライバーといえども甘えは一切許されない
高岡 向こうにしてみれば「できる仕事を言っているだけ」ってことでしょ。
クラゴン はい。
まあ、ボクにしても何の問題もなく、きちんとこなしましたけど(笑)。
優勝候補の3台の実力はかなり拮抗していた
高岡 それではいよいよ、決勝レースの話をしようか。
クラゴン 了解です。
藤田 ではまず今回のクラゴン号のライバルを紹介しておきます。最大のライバルは、同じレーダー・チームからエントリーしているアウディTT-RSの1号車。こちらは基本的にクラゴン号と同スペックです。そしてもう一台、これもクラゴン号と同じアウディTT-RSなんですが、FHケルンという別のチームからエントリーしていた一台です。
決勝のスタート前から、今回優勝を争うのは、この3台になるというのが関係者の共通した意見でした。
- クラゴン号(レーダー2号車)とともに優勝を争うライバル
"レーダー1号車(左)"と"FHケルン(右)"
クラゴン 予選もレーダー1号車が1位、FHケルン号が2位、そしてボクの乗ったレーダー2号車が3位でして、いずれもタイムはかなり接近していていました。
今回予選のタイムアタックは、ボク以外のドライバーが担当していたんですが、この3台に関しては、他の遅いクルマにどこで引っかかったかで、順位が決まったようなもんだと思います。
高岡 それだけ実力が拮抗していて、僅差の勝負だったというわけだ。
クラゴン ええ。チーム内でも全員同じようなタイムが出せていましたし、ボクの乗った2号車も、3名のドライバーがどの順番で乗っても、それぞれきちんと勝負ができる力があったので、けっきょく決勝のスタートは…………。
第5回へつづく>>