2010年ニュルブルクリンクレースを語る-Part1 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。
- クラゴン
- レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約10年。2010年9月のVLNにポルシェでの参戦が決定。
- 藤田竜太
- 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
第1回 貫くセンター、目覚めよ細胞! “クラゴン”無心のフリードライビング(1) (2010.09.07 掲載)
この「究極の身体&究極の意識」Webサイトでも、これまで「モータースポーツ究極の世界」「2009年ニュルブルクリンクレースを語る」で取り上げてきたレーシングドライバーのクラゴン選手が、今年も5月にニュルブルクリンク24時間レースに挑戦。ルノー・クリオRSⅢというクルマをドライビングし、見事にクラス6位に入賞! 今回はそのトロフィーとともに、さらにビッグなお土産も持ち帰ったということなので、前回に引き続き、高岡英夫、クラゴン、藤田竜太の三名が集まって、その戦いっぷりとパフォーマンスの秘密に迫る中身の濃い鼎談をおこなった。
- 5月のレースでクラゴンが乗ったクルマ“ルノー・クリオRSⅢ”
- 見事に2度目の入賞を果たし、トロフィーを持ち帰ったクラゴン!
5月のレース結果が評価され、次のVLNにポルシェでの参戦が決まったクラゴン
高岡 まずは2008年に続き、2度目の入賞おめでとう!
クラゴン ありがとうございます! お世辞抜きで、この成果は日頃のトレーニングとご指導の賜物以外の何ものでもないと思っております。
高岡 そんな風にいわれると、今年に入ってどれだけドライビングが進歩したかが気になるな。早速、そのレースの話を聞かせてもらおうか。
藤田 先生、ちょっとお待ちください。レースの話をもったいぶるわけではないのですが、その前に一件ご報告したいことがございまして……。
高岡 なんだい、あらたまって?
クラゴン じつは今年のニュル24時間レースの結果を踏まえて、9月25日にニュルで開催されるVLNという耐久レースのシリーズ戦に、ポルシェ911GT3に乗って出場することが決まったんです。
高岡 ポルシェの本拠地ともいえるニュルブルクリンクで、ついにポルシェのシートを射止めたわけか。それは日本人ドライバーとして、一大快挙といえるニュースじゃないの。
- 裸一貫の日本人ドライバーがドイツのチームと契約して、
ポルシェのシートをゲットするという大快挙を成し遂げたクラゴン
藤田 おっしゃるとおりで、現地のチームからオファーをもらって、ポルシェでニュルのレースに参戦するのは、日本人ではクラゴンが初めてなのではないでしょうか。
クラゴン これまでもニュルのレースにポルシェで参戦した日本人は、数名いることはいるんです。でも彼らは日本の企業や媒体、タイヤメーカーなどのバックアップ、あるいは高額な参戦費用を持参してのエントリーだったので、ボクのようにメーカー等の後ろ盾がまったくない、裸一貫のドライバーがドイツのチームと契約して、ポルシェのシートをゲットしたのは、自分の知る限りまだ一人もいないはずです。
高岡 やっぱりそれだけニュルでポルシェに乗ってレースをするというのは、特別だってことだよね。
藤田 そうですね。いまでこそ、ニュルで開発テストを行い、ニュルでの洗礼を受けなければ真の高性能車とはいえないといわれるようになりましたが、そのトレンドは他ならぬポルシェが作ったものですから。ニュルのノルドシュライフェ(北コース=オールドコース)は80年以上の歴史があり、1976年まではF1GPも開催(現在はGPコースで実施)されていたので、レースの舞台としては知られていましたが、量産車の開発テストとして、このコースに価値を見出したのは、なんといってもポルシェです。
- 世界一、難攻不落なサーキットといわれる“ニュルブルクリンク”
技術力の高さを証明しようと世界中のメーカーがレースでしのぎを削る
他のメーカーは、ポルシェがニュルでのハンドリング(操縦安定性)テストをもっとも重視していることを知って、80年代の半ばからニュルに目を向けるようになったんです。
ポルシェというのは、ドライバーにとっても、自動車の設計・開発に携わる人々にとっても、目標であり、憧れの存在ですから、「ポルシェがそれほどニュルを走りこんでいるのなら、我々も…」といって模倣したわけです。
それだけに、ポルシェがニュルで他社に遅れをとるのは、絶対に許されない構図なんです。
ポルシェは年間の生産台数が10万台弱程度の小さな自動車メーカーですが、その収益のかなりの部分は、最先端の自動車技術を開発し、その新しいテクノロジーの特許を他の自動車メーカーに売ったパテント料で稼いでいるそうです。そしてその技術力の高さを証明するために、レース参戦しているので、ポルシェはレースで勝つことが宿命で、その常勝ポルシェは、そのままドイツ人の誇りでもあるわけですから、ポルシェでのレースとなると、気持ちの入り方が違うんですよ。
- ドライバーや自動車の設計・開発に携わるすべての人々にとって、
目標であり、憧れの存在である“ポルシェ”
ポルシェは、世界中の自動車メーカーで唯一、レースに勝てるクルマを量産販売できるメーカー
クラゴン まさに藤田さんのいうとおりで、レーシングガレージもビジネスですので、お金さえ用意してくれれば、喜んでいいクルマを用意してくれる面もありますが、ポルシェとなると商売抜きっていう人が多いんですよ。とくに、絵に描いたようなクラフトマンシップの親分が率いる職人気質のガレージほどその傾向が強いんです(笑)。
藤田 その背景には、ポルシェに対する思い入れの強さという感情面もありますが、それ以上に技術的な理由もあるんです。というのも、ポルシェは世界中の自動車メーカーで唯一、レースに勝つ力のあるレーシングカーを量産販売できるメーカーなんですよ。
レーシングカーというのは、クルマが組みあがった時点ではまだ40%程度の出来でしかなく、そこからシェイクダウン(※)を経て徐々に一人前に成長していくわけですが、ポルシェ製のレーシングカーは、ユーザーの手元に届いた瞬間から、第一級の戦闘力を有しているんです。
※直訳すると「ふるいにかけておろす」という意味。実際にテスト走行を重ねて、問題箇所を洗い出し、次々に改良を加えていく作業のこと。
したがって、ポルシェでレースに勝てない場合は、すべてドライバーとチーム(ピット作業やレース戦略、ドライバーの起用を含め)の責任で、チームは一切言い訳できなくなるので、本気にならざるを得ないんですよ。
そして今度クラゴンが乗ることになったポルシェ911GT3こそ、まさにポルシェの代表的な量産レーシングバージョンのクルマなんです。
高岡 私もポルシェ乗りでしたから、もっとポルシェの話を聞いていたい気もするけど(笑)、二人の話からニュル+ポルシェという組み合わせで戦うことがいかに特別で、その特別な舞台に日本人がパフォーマンスを買われて起用されるということが、どれだけ異例なことかは改めて良くわかったよ。
そうなってくると、今度はそのチームの実力が気になってくるな。
- ニュルという特別な舞台で日本人がパフォーマンスを買われ
ポルシェのドライバーとして起用されるのはきわめて異例なことだ
シュマーザルは、今度のレースで表彰台獲得への起爆剤としてクラゴン投入を決めた
クラゴン 今回ボクにポルシェのシートを用意してくれたのは、2009年のVLN最終戦にホンダのS2000のドライバーとして声をかけてくれた、シュマーザルというチームです(「2009年ニュルブルクリンクレースを語る」参照)。
高岡 そのチームは、去年の最終戦までVLNのランキングトップで、チャンピオンを取るための助っ人としてクラゴンを招聘したチームだったよね。
- 表彰台を賭け、クラゴンの投入を決めたチーム“シュマーザル”
クラゴン そうです。そのシュマーザルです。結果としてペアドライバーが決勝中にミッションを壊してチャンピオンを逃し、ボクの出番は予選だけになってしまったんですが(笑)。
高岡 それでもチャンピオン争いができるほどのチームなんだろう?
クラゴン それがやはりポルシェのクラスは激戦区で、今年のこれまでのベストリザルトはたしか5位だったと思います。
高岡 5位というのはじつに微妙な順位だよね。でも逆にいえば、今度のレースでクラゴンを投入することで、一気に表彰台を獲得するというのが狙いのように思えるけど。
藤田 4位・5位争いをしているところと、表彰台圏内のチームとの差は、紙一重のようにも見えますが、じつは解消しなければならない問題がひとつじゃすまないというケースが大半です。その決して小さいとはいえない壁を一気に越える起爆剤として、チームはクラゴンに期待しているのは間違いないでしょう。
- チームシュマーザルのレースエンジニアのマルコと
上位入賞を目指し、固いゆるい握手を交わすクラゴン
高岡 そうしたチームの期待に対し、クラゴン自身はどれぐらいの手ごたえを感じているのかな。
クラゴン 正直な話、例によってニュルもレースの本番以外走っていませんし、レース仕様のポルシェに乗った経験もありませんが、シュマーザルから送られてきた、VLNのレギュラードライバーの車載ビデオを見た限り、かなりタイムを縮められる余地が残っているように思えます。
高岡 おお。レースでの最終結果はさまざまな要素がからんでくるので、なんともいえないにせよ、少なくとも予選などの一発のタイムに関しては、チームの期待にこたえる自信があるということだね。
クラゴン はい! 少なくともビデオで見たレギュラードライバー達の走りを基準にするなら、大幅にタイムアップする自信があります。
さらにパフォーマンスが上がっていることに驚きを隠せなかったシュマーザル
藤田 ワタシもその車載ビデオを見たことがあります。映っているのは、クラゴンが今度のレースでドライブすることになっているチーム・シュマーザルのポルシェ911GT3の走り(YouTube動画)で、クラゴンはまさにこのゼッケン“653”のクルマでVLNに出場するわけですが、客観的にいってこの映像の走りでは、911GT3のポテンシャルのいいとこ8割程度しか引き出せていません。実質的に世界で唯一のリアエンジン・リアドライブというレイアウトを採用している、ポルシェ911のドライビングはかなり特殊で、ハンパなドライバーでは乗りこなせません。しかもコースが難攻不落のニュルですから、あの映像の走りでも健闘しているとはいえますが、クラゴンなら確実にワンランク上、おそらくで言えばツーランクは上の走りを体現できることを請け合います。
クラゴン シュマーザルの関係者は、去年のVLNでのボクの車載映像も見ていますし、もっと詳しくドライバーの走行中の各種操作を記録したデータロガーの情報だって見ているわけですから、そのデータと彼らのチームのポルシェドライバーの走りを比較したら、ボクに声をかけたくなる気持ちになるでしょうね~。
藤田 チームのレギュラードライバーだって、遅くはないし、下手でもないんですが、トップ争いをするにはもう一声足りないんです。そこをクラゴンで埋めたいんでしょうね。
高岡 二人の話を聞く限り、そのシュマーザルというチームが、クラゴンを招聘したのは的確な選択だったということになるね。
それにしたって、それなりに実績のある現地のチームが、わざわざ日本人のクラゴンとタッグを組んで、ニュルをポルシェで戦いたいなんて、きわめてイレギュラーなことだから、いかに去年のVLNの走りがインパクトがあったとはいえ、それだけでは決め手が欠けるんじゃないのかい?
藤田 それは去年のVLNのレースに加え、クラゴンが今年の5月のニュル24時間レースでも、目覚しい走りを体現して現地のレース関係者に、「やっぱり、クラゴンってハンパじゃね~」と思わせることが出来たからでしょう。これは向こうの連中も認めていますが、「クラゴンは前回も速かったが、今回はさらにパフォーマンスが上がっている」とビックラこいていましたから(笑)。
- 5月のニュル24時間レースであらためて実力を見せつけたクラゴン
クラゴンの圧倒的なパフォーマンス向上は、現地のドイツチームにとっては理解不能
高岡 それはビックラするだろう。だって、クラゴンがニュルを走る機会なんて、いいところ半年にいっぺんぐらいだし、毎回クルマも違えば、チームだってコロコロ変わっているわけだよね。
クラゴン はい! クルマとチームが同じだったレースは過去6年間のニュルチャレンジで一度だってありません。またニュルのノルドシュライフェは、500ラップ以上走ってやっと「まあまあだな」と半人前扱い、1000ラップ以上でようやく一人前扱いされる難コースなのに、ボクはまだ通算で200ラップ程度しか走っていません。
高岡 それなのに、半年振りにニュルに現れて、はじめて乗るクルマにもかかわらずポーンと圧倒的なタイムを出してくるわけでしょ。これってミステリアス以外の何ものでもないよね。しかも前回並みに速いだけでも驚きなのに、もっと速くなってニュルに戻ってくるわけだから、ちょっと説明がつかないよね。クラゴンだって見た目は年齢不詳だけど、じつはもう33歳なんだから。どのアスリートにもいえることだけど、普通は30歳を超えるとピークを維持することだけだって大変なんだよ。にもかかわらず、クラゴンは逆に現れるたびにパフォーマンスが目に見えてアップしてくるわけだから、ドイツのチームも理解不能で頭を痛めているんじゃないかな。
- ドイツチームのド肝を抜いたクラゴンのパフォーマンスアップの秘密とは?
ここがまさに今回の鼎談の“キモ”となる部分だ!
他にもクラゴンの場合、通常ならありえない事例が一杯あるよね。たとえば、レーシングカーにとって重量増は何よりの大敵なのに、肝心のドライバーの体重がかなり重いこととか、ニュルの走行の経験が極端に少ないだけでなく、じつは日本国内でもここ数年は公式レースにほとんど出場していないとか。
そうしたことを考えれば考えるほど、クラゴンの順調なパフォーマンスアップの謎は深まるばかりになるはずだ。それを何かと理屈っぽいドイツ人のレース関係者たちが、どうやって自分を納得させているのかは、とっても気になるところだよね。
藤田 それは……。