高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」WBC特集
- 高岡英夫[語り手]
- 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
- 松井浩[聞き手]
- 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。
第24回 岩隈久志(2)(2009.04.24 掲載)
――前回のお話では、岩隈は中央軸の第3軸と第4軸。そして、第1側軸と第2側軸の計4本の側軸が、身体の背面に沿って発達しているということでした。では、そうした身体意識の装置の作用は、具体的に岩隈のどんなところに現れていたのでしょうか。
身体の背面に沿って発達した身体意識の装置があったから、岩隈は、イチローの代わりにチームの精神的な支えとなることができた
高岡 岩隈の精神面のありように深くかかわっていました。本来、センターという身体意識は、身体と精神両方に深くかかわっています。その中でも、今回の岩隈のように身体の背面に沿って発達した身体意識の装置は、より精神面のあり様に深く関わるのです。具体的にどういうことかといえば、まずもって、野球ほどの人気スポーツで、日本を代表して戦うということは大変なプレッシャーですよね。
――それはそれは、もう大変なプレッシャーのようで、たとえば、北京五輪の星野ジャパンは、そのプレッシャーに屈したようなところがありました。
高岡 そうでしたよね。わかりやすいように極めて単純化していえば、試合本番や登板が近づくにつれて、気持ちがひるんだり、くじけそうになったりするわけでしょう。しかも、今回は日本の精神的支柱になるはずだったイチローが、ずっと不振だったわけですからね(イチローの不振の原因については、この高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」の第13回、第14回をご覧下さい)。原監督も、前回WBC的な支えにたった人が誰もいなかったでしょう。
――いませんでしたね。日本の投手陣でいえば、最も頼りになると期待されていたダルビッシュでさえ、決勝(対韓国)の9回土壇場で同点に追いつかれました。ダルビッシュも相当に中央軸の第3軸が発達した投手ですが、あの緊張で体の機能が麻痺するような場面で四球2つで走者を出して失点してしまいました(ダルビッシュの詳しい身体意識については、この対談の第5回をご覧下さい)。それに比べて岩隈は、負けたら終わりというキューバ戦でも、また決勝でも、先発投手として見事なピッチングをしました。
身体の背面に沿って発達した第4軸と4本の側軸が、精神的なバックボーンそのものだった
高岡 そうでしたよね。ダルビッシュでも、突然に乱れるという場面が何度かありました。それに対して、岩隈は世界一の投手といえるほど素晴らしいピッチングをして、ついにはチームの精神的支柱にまでなったわけですよ。それが、なぜ可能だったのかといえば、身体の背面に沿ってできた中央軸の第4軸と4本の側軸(専門的には第1側4軸が2本と、第2側4軸が2本の計4本)があったからですよ。つまり、それらの身体意識の装置が、精神的なバックボーンそのものだったということですよ。
――なるほど、精神的なバックボーンですか。前回の対談の最後で、岩隈の身体の背面に沿って天地に貫く5本の軸をイメージして、その身体意識の装置がどんな働きをしているのか感じてみてくださいと言いましたが、その答が、「精神的なバックボーン」として働いていたということでした。いやあ、私も、それには気づきませんでしたが、岩隈は、自信の身体の背面に沿って5本もの軸がしっかり通っていることで、麻痺したくなるような場面でも決してブレなかったんですね。
高岡 「ブレない」などという程度の言葉では表わせないほど、すさまじく強力な身体意識の装置ですよ。これが発達したことで、チームの救世主的な存在、なくてはならぬ人になっていったんですよ。身体意識の観点から見れば、今回のダルビッシュや松坂は、他の投手でも代役が務まったかもしれませんけど、今回の岩隈の代わりはいなかったと思いますよ。
――そう言われると、ダルビッシュや松坂の代わりは、メンバーでなら杉内俊哉、あるいはメジャー挑戦の初年度ということでWBCは欠場しましたが、昨年まで中日のエースだった川上憲伸でも務まったかもしれません。原監督も、大会当初はダルビッシュ、松坂、岩隈の順番で3本柱を形成していましたが、大会が進むにつれて岩隈への信頼度が高まり、最終的に岩隈と松坂を軸にしてダルビッシュを抑え役に回しましたからね。
岩隈のセンターのレベルは、サッカーW杯ドイツ大会のジダンに匹敵するほどすさまじかった
高岡 そうでしょう。頼りにしていたイチローがまったくの不振で、精神的にチームを引っ張っていく選手も監督もいない中で、岩隈のセンター系の身体意識が大会中にどんどん強烈さを増して、チームの精神的な支えとなっていったわけですよね。あくまで潜在意識の話ですが、そのセンター系の意識は頭部を貫いてかなりの高さまで達していました。思い出したのが、サッカーW杯ドイツ大会のジダンです。あの大会では、当初フランスの活躍は難しいだろうと予想されていたのが、ジダンの大活躍であれよ、あれよと勝ち進んで決勝まで進出しましたね。あの大会で、ジダンが形成していたセンター系の高さには、ものすごいものがありました(ドイツ大会のジダンについては、『サッカー世界一になりたい人だけが読む本(メディアファクトリー)』で詳しく解説しています)。岩隈は、それに匹敵します。まさにチームを支配する「センター」、大会をも支配してしまう、すさまじい「センター」が身体意識化されていたといえます。
――だからこそ、松坂自身も大会MVPを受賞して「岩隈君に悪いな」と言ってしまったわけですし、WBCを見ていた多くのファンが、「実質的なMVPは岩隈だ」と思ったのですね。確かに岩隈のWBCでの活躍は、それほど強烈な印象を残しました。
人のすさまじい活躍、強烈な行動というのは、決して単なる根性や精神力などに支えられているものではなく、こうした身体意識という精密なメカニズムによって支えられているということを、多くの人々に知って欲しいと思いますね。