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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第10回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第10回 伊調馨ほか【後編】(08.10.03 掲載)

昔の日本のレスリング選手は「センター」を鍛え、「センター」を操作することで技を磨いた

高岡 ロンドン五輪では34歳なの。加齢と闘うという意味も含めて、なおさらゆるトレーニングにしっかりと取り組んでもらいたいですね。

 そういえば、北京五輪の最中に僕の親しい女性が、「先生、アマレスって、男子種目はないんですか」って聞いてきたんです。だから、「ないですよ。テレビでも全然見ないでしょ」って冗談で答えたら、「あっ、そうですね」と納得されてしまいましたよ。

――ブラックジョークになってしまったんですね。念のためにお話しておきますと、男子レスリングは日本から6人が出場して銀1つ、銅1つでした。

高岡 かつては、日本はレスリング王国といわれて、それは強かったんですよ。

――たとえば、'64年東京五輪では金5、銅1。'68年メキシコ五輪では金4、銀1の成績を残しています。また、'56年メルボルン五輪で金メダルを獲得した笹原正三さんにインタビューしたことがありますが、笹原さんは最も鍛えたのが「軸」、つまり「センター(中央軸)」で、そのセンターを操作することで技を磨いたとおっしゃっていました。もう感動的でした。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 日本では、武道、武術の世界で伝統的に「正中線(軸)」を大切にしてきたでしょう。だから、メルボルン五輪や東京五輪の昭和20年代、30年代あたりまでは、まだそういう伝統が受け継がれていたんですね。特に日本のレスリング選手は、武道、武術の影響を強く受けていますから、「軸」を大切にして、その「軸」で動くということが実践されていたということです。だから、世界の大舞台でも強かったんですよ。

 その「センター」ということでいえば、今回の北京五輪で目立ったのは、ソフトボールの上野由岐子ですね。300球を超えて頃から達人化しましたね。

――アメリカ戦とオーストラリア戦の2試合を1日で戦った時ですね。その翌日、アメリカとの決勝戦を抑えて、みごと金メダルに輝きました。

高岡 筋肉を極力使わないで、本当に振り子状態で投げていましたよ。質量と重力を最大限利用するという境地に入りましたね。すごいものを見たと思いました。

――2日連続で彼女の投球に見入ったという人も多かったんじゃないかと思いますが、彼女の表情もどんどんよくなりましたね。

高岡 ピッチングフォームが振り子化したのは、センターがどんどん立ち上がって、さらに全身がゆるんでいったからなんですよ。そうすると、本当に表情もよくなりますからね。親からもらった造作のいいところをさらに増幅して、いい顔になっていくんですよ。

 と見てくると、北京五輪で活躍したのは女子レスリング、女子柔道、そして、ソフトボールでしょ。日本男子、もっとしっかりせなあかんなと、つくづく思いますよね。私も日本男子の1人なので、「もっとしっかりします」と宣言した上で、やる気のある、向上心のあるアスリートを応援してやりたいなと改めて思いますね。やっぱり、その競技に人生をかけて取り組んでいるんだもの、正しい方法で努力しあって、高いレベルに達して、あのスリリングな大舞台に立たせたいじゃないですか。オリンピックでは、予選のスリルと決勝のスリルでは違いますよね。どれくらい違うって、正確にはわからないけれど、おそらく1000倍は違うんだろうと。やっぱり、オリンピックは出ることに意義があるんじゃなくて、決勝まで戦って勝つことに、さらに意義があるんですよ。

――インターネットで北京五輪の競技別に動画が見られるんですが、予選から準決勝までを編集した動画と決勝の動画は別になっています。

男女とも不参加のバスケットボール界は、一日も早くゆるトレーニングを導入すべし

高岡 やはり、そう分けたくなるぐらい、決勝の重みというのは違うんですよ。
今、ちょうど(バスケットボール元日本代表の)三宅学君が来たんだけど、やあ、三宅君、バスケットという種目はオリンピックからなくなったのかい?

三宅 はい?

――いきなり、そう言われても訳がわからないよね。ええと、バスケットは開催国の中国以外は欧米だけが参加してました(金アメリカ、銀スペイン、銅アルゼンチン以下7位まで欧米諸国)。

高岡 中国もダメだったの?

三宅 中国は準々決勝で負けましたね(結果は8位)。

高岡 ああ、そうなの。でも、日本もしっかりしないとなあ。まず、出場はしないとなあ。

――北京五輪では日本女性の活躍が目立ったんですけど、バスケットは女子代表も出ていないですからね。身長でハンディがあるわけでもないですよね。

三宅 体格的に劣ることはないですね。

高岡 三宅君は、立場上(現在は横浜清風高校バスケットボール部監督)話しにくいだろうから、私が言いますけど、日本のバスケットボール界は、協会をあげて組織、強化方法、選手と3つの体質改善を全部一緒に進めないといけないですね。サッカーやバレーボールなど他の団体球技はそれなりにやっているんだから、バスケットボールもできるはずなんですよ。オリンピックで金メダル獲得というと、NBAの選手が各国の代表として出てくるので、まさにウサイン・ボルトのレベルのゆるみ方が必要になってくるんですけど、バスケットは世界規模のメジャー球技なんですから、その重要度からいって、とりあえずいつもオリンピックには出場して、メダル争いをしないとね。

――日本のバスケットボール界で一番お客さんを呼べるのが、実は高校生なんです。なぜかというと、一番ゆるんでいるからですね。それが大学、社会人と競技レベルが上がるに従って、身体の方は固まっていく。技術力は高くなるけど、本質力が低くなっていきます。日本代表の試合を見にいくと、NBAの影響もあるんでしょう、試合前にジャージ姿でコートに出てくると、結構ゆるんでいるように見えるんです。「ああ、さすが日本代表、なかなかゆるんでいるねぇ」と思うんですが、一旦控え室へ戻って、ユニフォーム姿でコートへ出てくるとバキッと固まっちゃっているんです。「これ、別のチーム?」と思うほどですよ。

高岡 バスケットボール界は、1にも、2にも、ゆるトレーニングが必要ですよ。若い子を見ていると、素質のある子はいるんですから。

――たとえば、173cmの身長で日本人初のNBAプレーヤーとなった田伏勇太(現在はリンク栃木ブレックス所属)がそうですよね。能代工業高校3年の時('98年)、東京体育館を満員にしたんですよ。当時、それほどゆるんでいたんですけど、すでにスネには無駄な力が入っていました。当時、三宅君ともそんな話をしていたのですが、あの頃からゆるトレーニングを徹底的に導入していれば、もっとNBAで活躍できたでしょうね。

高岡 日本のバスケットボール界は、協会内の派閥争いなどいろいろ聞こえてくるんですよ。といって、組織の問題はここで私たちが議論してもどうにもならないですから、できるだけ早く当事者間で解決してもらうとして、強化方法や選手の体質改善は、こちらからいくらでも提案することができますよ。ゆるトレーニングには、どんな発想の技術や戦術、筋力トレーニングなどとも矛盾しないメソッドが揃っているわけですから。たとえば、ゆるトレーニングには、選手の疲労を取るケア方法があります。これに取り組むだけでも、選手はいつも元気な状態で練習に参加できるわけです。誰だって、元気に練習に参加したいじゃないですか。「また練習かぁ、嫌だなあ」と思いながら参加するのと、「さあ、今日もやるぞー」という意気込みで参加するのでは全然違うでしょ。どんな選手でも前向きに、もっとうまくになりたいという気持ちで毎日の練習に取り組める。その積み重ねが、パフォーマンスの大きな差になってくるわけです。一日も早くゆるトレーニングに取り組んで、選手たちを幸せにしてほしいですね。

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