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『究極の身体』を読む
身体の中心はどこにあるのか 【目次】

書籍連載 『究極の身体』を読む 身体の中心はどこにあるのか

  • 『究極の身体』を読む
    身体の中心はどこにあるのか
  • 運動科学総合研究所刊
    高岡英夫著
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    「究極の身体」を体感してほしい

第7回(2008.08.19 掲載)

(前回からの続き)ポーラ・ラドクリフとエリマキトカゲ

高橋・小出コンビがどれほど驚いたでしょうか。破れないといわれた2時間20分の壁を高橋尚子がわずかに破って、たった1年後の出来事です。高橋の記録を2分28秒も上回る、驚異的なという言葉では言い表しきれないほどの驚異です。

そしてここからがまさに小説より奇なりといえる話で、その驚異のランナー、ポーラ・ラドクリフの走り方というのが、これまでのマラソンはおろかあらゆる陸上の走り方のルールを逸脱していたのです。ラドクリフの走り方を具体的にいうと、肩を張って脇を思いっきり開き、脚はO脚、しかもバランス悪く左右にフラフラしながら首もときどき前後上下斜めにカクカクさせる走り方なのです。もうマラソンの関係者全員が理解できない走り方です。それなのにラドクリフは世界記録を更新し、’03年4月のロンドンマラソンでは、自らの世界記録をさらに2時間15分25秒にまで短縮してしまったのです。

じつはこのラドクリフの常識ハズレの走り方に、“究極の身体”につながる秘密が隠されているのです。下のイラストを見てください。彼女の首は左側にひん曲がり、左肩は上がっています。さらに足を見てみると足裏が横を向き、足の横っ腹=小指側の側面から地面に接地し、いまにも捻挫しそうな走り方をしています。しかし、私の分析ではこのラドクリフの走り方こそ、トカゲの移動運動構造を立った状態で行っているという結論が出ています。

  • ポーラ・ラドクリフの走り方

図3は「人間の四足によるトカゲ型歩行」のイラストで、斜線はそのときの支持肢をあらわしています。それをそのまま立ち上がらせると図2の「人間の二足によるトカゲ型歩行」のイラストになります。このイラストではまず首を見てください。四足のトカゲ型歩行を立ち上がらせるとまさにラドクリフのように首が傾きます。さらに身体の中心付近に一本のラインを引いてあります。このラインは波の一周期になっていて、魚が泳ぐときの脊椎波動運動にある程度近い爬虫類の脊椎運動をイメージ化したものです。これが四足動物になると前後方向(X・Y方向)の波動運動を利用するようになり、そうした前後の脊椎波動運動を利用した走りは、黒人の陸上選手などにも何人か見られます。しかし魚類やトカゲの横方向(Y・Z方向)の波動運動は、人間の走る運動には使えないというのが従来の常識だったはずです。なぜなら前後方向の波動なら走る方向と一致していますが、左右方向の波動となると走る方向とは一致しなくなるからです。

その常識を世界ではじめて破ってくれたのが、かのエリマキトカゲです。もしエリマキトカゲの最高速度が時速1km程度だったとしたら、弱い武蔵といっしょで、なんの参考にもならなかったわけですが、水上をも走り抜ける快挙を考えると、左右方向の波動運動というのは走る運動に使えないどころか、きわめて有効だということになります。いうまでもなくエリマキトカゲのあの見事なパフォーマンスは、当然トカゲ本来の運動構造を利用しているはずですから、同様にラドクリフのあの画期的な走りも左右方向の波動運動が作り出しているといえるのです。

私はこのことをすでに解明しており、自分自身でもエリマキトカゲ型の走りをある程度体現することが可能です。もっとも私の年齢からエリマキトカゲ型の走りを本格的に行ってしまうと、身体を壊してしまう可能性があるので、あまり激しくはやらないようにしています。しかし、若い方とくに幼稚園児ぐらいからエリマキトカゲ型の走りを極めたいという少年少女がいたならば、チャレンジさせてみるとすごいことになるかもしれませんね。もちろんそのための身体調整などのケア体制も整えて、しっかり育ててあげれば、エリマキトカゲのような走りが身につく可能性はあるだろうと考えています。

ポーラ・ラドクリフは、そのトカゲ型の走りを早々と取り入れてしまった選手ですが、彼女にしてもエリマキトカゲ度は、まだまだ薄い状態でしかありません。しかし、原著が上梓され、私の運動進化論の発表に合わせるように、ポーラ・ラドクリフという選手が彗星のように現れたというのは、偶然なのか、はたまた必然だったのか……。まさに事実は小説より奇なりです。

ラドクリフの走りに隠された秘密が分かってきたところで、その核心ともいえる波動運動についての話をしましょう。波動というのは、その波に直交するラインで見たとき、左側にあった山が次の瞬間右に動き、右の山は次の瞬間左に向かうという性質があります(波動理論)。そのことを踏まえて、もう一度ラドクリフのイラストを見てください。図1の彼女の右足は、接地する寸前の状態です。図2の「人間の二足によるトカゲ型歩行」のイラストでは、右足が完全に接地している状態なので、厳密にいうと図1より図2の方が時間的に後の状態になっていますが、全体としてはあまり変わりがありません。そしてどちらの図でも重要なのは波動です。

まず頭部から見ていきましょう。イラストではどちらも頭が左に傾いていますが、これは波動運動の一環ですので、次の瞬間、頭は起き上がろうとします。波動ですから頭が起き上がろうとすると、肩や胸の部分は右から左に向かいます。すると腰のあたりは反対に左から右に。では下半身の波はどちらに向かいだすでしょう?

イラストでは右を向いているので、この次の瞬間、足の波は一気に左に向かいます。つまり彼女の右足はこの状態からより内側方向へ向かって接地するということです。

足裏が内側を向いた状態で足を引き上げた場合、ふつうに考えるとその足は下ろすときに外側に向かって地面を蹴る方向に動くものです。しかしラドクリフは足が外から内側に、外から内側にという運動を繰り返しているのです。だから彼女は足首を痛めることがないのです。もしこの足裏が内側を向いた状態から足を外側に向かって蹴りだしていたら、必ず足首を捻挫するか、痛めてしまうことでしょう。こうしたことも、トカゲ型の波動理論から矛盾なく説明できるということも覚えておいてください。

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