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『究極の身体』を読む
身体の中心はどこにあるのか 【目次】

書籍連載 『究極の身体』を読む 身体の中心はどこにあるのか

  • 『究極の身体』を読む
    身体の中心はどこにあるのか
  • 運動科学総合研究所刊
    高岡英夫著
  • ※現在は、販売しておりません。
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    「究極の身体」を体感してほしい

第6回(2008.08.12 掲載)

“究極の身体”の定義

さて、“究極の身体”の話をするためには、“究極の身体”の定義をきちんとしておく必要がありますね。その定義については原著でもきちんと説明してありますが、ここでもう一度おさらいをしておきましょう。

「“究極の身体”とは、人間の身体のなかに含有される魚類から四足動物の身体構造を利用した運動機能を、人間らしい手脚および体幹の運動と矛盾なく統合することで人間の身体に含有される運動機能のすべてを発揮したり、一般人はもとより専門のエキスパートとも隔絶するほどの高度な身体運動を具現する存在のこと」です。

では、その魚類から四足動物の身体構造とは? という話なのですが、まず下の人間の全身の骨格図を見てください。こうした図や標本はみなさんも目にしたことがあるでしょう。でも背骨だけの骨格標本はなかなか目にする機会は少ないと思います。その背骨だけの骨格標本の上部を持って左右にプラプラゆすってみるとどうでしょう。まるで魚が泳いでいるときのような状態になり、これを見ると「なるほど人間も魚が泳いでいるように身体というのが動かせるのだな」ということが納得できることでしょう。したがって、背骨だけを抽出して見ると人間の身体というのはじつに魚のような構造をしています。だから背骨の標本を左右にプラプラゆすってみると骨盤から下の部分はちょうど魚の尾ひれのような動きをします。

  • 人体骨格図
  • 人体骨格図

ここで思い出してほしいのが、原著で説明した「究極の身体では2本の脚を鞭のように使う」という話です。原著において、胸椎の12番から発する左右2本の大腰筋とそこから始まる筋肉・骨格系、つまり脚をちょうど2本の鞭のように扱える(これを双鞭構造という)のが、“究極の身体”だという説明をしております。そのことが背骨の骨格標本をゆらしてみることで非常によく分かっていただけると思います。(『究極の身体』190頁参照)

このことからも分かるとおり、“究極の身体”は魚類から四足動物の構造を利用し、人間にしかない構造・機能である手脚を中心とした人間らしい運動と上手く統合していくことで、超高度なパフォーマンスを発揮する存在なのです。そういうことをこの背骨の骨格標本から視覚的・直感的に感じ取っていただければと思います。

私自身もこの骨格標本を自分の執務室でいつも眺めながら、自分自身の身体のなかにいる背骨を意識し、身体のなかのその背骨にさらに目覚めることを要求しつづけているのです。ちなみに現在の私自身の実感としては、まさに背骨の骨格標本そのものが自分のなかにいるという状態になっています。

ポーラ・ラドクリフとエリマキトカゲ

先ほど「魚類から四足動物の構造を」というお話をしましたが、四足動物は魚類からいきなり進化したのではなく、そのあいだには爬虫類という存在があったはずです。典型的な爬虫類の一種といえる蛇などは、手脚がないのでまさに背骨の骨格標本そのものの存在ですよね。そしてトカゲです。原著ではエリマキトカゲを大きく取り上げましたが、あのエリマキトカゲがテレビのCMでポピュラーな存在になったことは、“究極の身体”の身体についての身体論を展開するうえで、本当にありがたい現実です。なぜならじつに多くのみなさんが、エリマキトカゲが走る映像をご覧になったことがあるのですから。(『究極の身体』95頁参照)

あのエリマキトカゲというトカゲは、究極の走りをするときになにを考えたのか2足で走るのです。体長は1m近くあるのに、2本の後ろ足で立ち上がってしまうとそのコンパスの長さはせいぜい十数cm程度になってしまうのにです。しかしエリマキトカゲは、手の人差し指と親指を広げたぐらいのコンパス(=脚の長さ)で、なんと時速27kmという脅威のスピードで走ることができるのです。しかもエリマキトカゲが二足立ちして走っているときには、進路に池や沼が出てきても、そのまま水上を駆け抜けることができるのです!

私もテレビでそのシーンを見たとき、運動科学者としてまさに度肝を抜かれましたよ。あのCMを見たときに、これは放ってはおけない存在だ、と真剣に思いましたね。これは人間がボールをすばらしく上手に蹴ろうが、楽器をすてきに演奏しようが、なかなか勝てるものではないと……。

しかし、世の中というのは本当におもしろい流れになっているものです。人の背骨が四足動物、そして爬虫類、さらには魚類へという方向へ動き出す時代になってきているのです。それに先駆けてエリマキトカゲがテレビに登場し、そして人類の身体運動の世界が脊椎波動系の運動に向かおうとしているときに、エリマキトカゲと人類がどこかで急速に接近遭遇することになったらどうでしょう。まさに事実は小説より奇なりですよね。

それが女子マラソンの世界で現実に起こってしまったのです。女子マラソンでは、みなさんもご存知の高橋尚子が’01年のベルリンマラソンで2時間19分46秒を記録し、女子では史上初めて2時間20分の壁を突破しました。しかし、そのわずか1週間後ヌデレバという選手が2時間18分47秒という圧倒的なタイムを出して、高橋尚子の世界記録を更新してしまうのです。高橋の三日天下ならぬ七日天下です。

そして’02年4月、“究極の身体”にまつわる小説より奇なりといえる現実が起こります。イギリスのポーラ・ラドクリフがなんと初マラソンで2時間18分56秒というタイムを出してしまったのです。このタイムはヌデレバの世界記録にはわずかに及びませんが、初めてのフルマラソンで高橋尚子のタイムを大幅に破っているわけですから、驚くべき記録でしょう。そしてその衝撃は’02年10月、ラドクリフの2回目のマラソンで激震に変わります。彼女はその年のシカゴマラソンで2時間17分18秒という世界記録を出してしまうのです。

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