ホーム > 2011年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談 「クラゴン、11ヶ月ぶりのニュルでいきなりベストパフォーマンス(5)」

クラゴン

2011年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫
    運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。日本ゆる協会理事長として東日本大震災復興支援ゆる体操プロジェクトを指揮、自らも被災地でのゆる体操手ぬぐい配布活動、ゆる体操講習活動に取り組む。
  • クラゴン
  • クラゴン
  • レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約11年。2011年8月のVLNがちょうど10回目のニュルチャレンジとなる。
  • 藤田竜太
  • 藤田竜太
  • 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。

第5回 クラゴン、11ヶ月ぶりのニュルでいきなりベストパフォーマンス(5) (2011.11.10 掲載)

ドライビングという運動が、潜在意識下の視覚能力を異常なほどに高めている

藤田 常識的には、顕在意識で「見えていない」のに、「怖くない」というのは、かなり矛盾した状態ですよね。

高岡 それはそうだよ。でも、「怖い・怖くない」というのは、見える・見えないではなく、最終的には自分がどれだけ走れているか、あるいは走れていないかで評価されるわけだ。
 ゆえに、「視界は最悪、ちっとも前は見えやしない、だけどオレは走れている!」となれば、前が見えなくても、怖くはないってことになるんだよ。

クラゴン まさにおっしゃるとおりです。たしかに見える・見えないでいえば、ぜんぜん前は見えないんですが、それでもどういうわけか問題なくドライビングできてしまうので、とりあえず恐怖心というようなものはほとんど感じませんでした。

高岡 要するに、見えないのに見えているんだよ。いささか信じがたいことかもしれないけれど、こうしたことは現実にありえるんだよね。
 ただ、これも覚えておいて欲しいんだけど、このクラゴンの潜在意識によって周囲を認識、「見る」という力は、あくまでもクラゴンが運転していたからこそ働く力だということ。つまり、ドライビングという運動が、その潜在意識下の視覚能力を異常なほどに高めているわけだ。
 だから運転していれば怖くないだろうが、運転していなかったら怖いと思うよ。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • 前が見えなくても恐怖心なく走れるのは、
    クラゴン自身の運転で潜在意識下の視覚能力を高めているからだ

 仮に、もうひとりクラゴンレベルのドライバーがいたとしよう。そのドライバーが今回と同じような視界不良の中をクラゴンと同じようなペースで走ったとして、そのときクラゴンがそのクルマの助手席に乗っていたとすればどうだい?

クラゴン それはめちゃくちゃ怖いでしょうね~。「やめろ~、もっとスピードを落とせ~」って絶叫すると思います(笑)。

高岡 想像するだけでも恐ろしいだろ(笑)。だからそういうことなんだよ。もし自分が運転していなかったとしたら、顕在意識はもちろん、潜在意識でもモロに見えなくなるからね。それは本当に恐怖を感じると思うよ。

藤田 それは経験的にもよくわかります。レース仲間が何人か集まって、一台のクルマで移動するとき、雨や雪、あるいは見通しの悪い峠道などをちょっとハイペースで走り出すと、「おいおい、飛ばしすぎだ」「危ない、危ない」っていうクレームが、助手席や後部座席から飛んできますから(笑)。
 チームメイトで、お互いの運転技量がわかっていて、しかも自分とほぼ対等のスキルを持ったライバル関係のドライバーであっても、すごく危なく思えるんですよ。同レベルのドライバーだと、誰に交代してもそういう話になるので、レーシングドライバーは、他人の運転を信用できない人種、というのが、半ば定説になっていたのですが(笑)、高いスキルを持った人が運転しているときに、その運転を危なく感じる背景には、そういうメカニズムがあったのですね。

クラゴン いまの話は、大変ストンと腑に落ちました(笑)。

講座で鍛え上げられた本質力でドライビングをこなしたから、あそこまでの走りができた

クラゴン それにしても、つくづくこのゲリラ豪雨が今年のレースでよかったと思いましたね。きっと去年までのボクだったら、今年ほど不安なくドライビングできたとは思えないので、自分でもこの一年の成長振りを実感することができました。

高岡 そうだろうね。

クラゴン いま振り返ってみても、これまでの10回のニュルでのレース経験で、余力のある状態でドライビングしたクルマは一台もないんですよ。毎年毎年、自分なりには目一杯の走りでここまでやって来られたのですが、そういう意味では、今回のニュルチャレンジも本当にギリギリのところまで力を出し切った感じがします。
 それだけに、去年から今年にかけて受講させていただいた運動総研の25の講座のうち、ひとつでも足りなかったら、あそこまでの走りはできなかったのではないでしょうか。
 いつもご指導いただいている高岡先生や運動総研の皆さんには、改めまして心より御礼申し上げます。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • 去年から今年にかけて受講した運動総研の25の講座のうち、
    ひとつでも足りなかったらあそこまでの走りはできなかったという

高岡 このことをもう少し掘り下げて考えると、一番肝心なのは、講座を受講することで本質力を鍛え上げ、本質力でドライビングをこなしたからこそ、運転も危なげないし、クラゴン本人も怖くないというところなんだよ。

藤田 この鼎談の第4回で紹介した動画(参照 その1その2)でも、多くのクルマがコースアウトしていきますが、この動画に限らず、天候が急変したラップではコースのあちこちで、たくさんのクルマがスピンしたり、クラッシュしたりしていました。そうしたなかには、地元の有力ドライバーもいましたし、優勝候補と目されていた名門チームのマシンも少なからず含まれていました。
 そうしたコースアウトして行くクルマを見ていると、どちらかというと具体力のあるドライバーほど、コースを飛び出していったように思えます。

クラゴン ボクの目の前でも、同じSP7クラスの首位を走っていた超名門チームのポルシェ911GT3が、ガードレールに突き刺さっていきましたから(笑)。彼らはまさにこのニュルでの常勝チームですから、具体力はボクとは比較になりませんし、おそらく全チームの中でも具体力ならナンバーワンだったのではないでしょうか。そのチーム&ドライバーでも、コース上に生き残れなかったわけですから、なんともいえない心境でしたね。

具体力のあるチームほどコースから散ってしまったのは?

高岡 具体力のあるドライバー・チームほど、コースから散っていってしまったというのは、けっきょくのところ、天候の急変による変動成分が、具体力では処理できなくなってしまった結果だろうね。ニュルはもともと変動成分が多いコースであり、そこへきてゲリラ豪雨が降ってきたことで、きわめて膨大な量の処理しなければならない具体的な事象が発生し、それを具体力でこなしていくには能力が追いつかなくなってしまったわけだ。

クラゴン なるほど。

高岡 一方、クラゴンは本質力でこなしてきたからこそ、恐怖心を感じることなく切り抜けることができたんだよ。

クラゴン いや~、今年ほどやっぱり本質力しかないな、と思ったことはありませんでしたね。

高岡 いままでだって、さんざん本質力だって言ってきたじゃないか(笑)。

クラゴン そうなんですけどね(笑)。レースって、1周前に走ったときのそのコーナーのコンディション、速度、Gといった情報を記憶しておくことが非常に重要な世界なんですが、今回はあまりにも天気がコロコロと変わるので、1周前の情報が次の周には何も役に立たないんです。というより、むしろ前の周の情報を当てにすればするほど地獄を見るので、前の周のことはキッパリ忘れてまっさらな気持ちでコーナーに進入しないとダメだったんですよ。さすがにこんなレースはボクにとっても初めての経験でしたけど……。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • サーキットを包む厚い雲。晴れから雨への変わるのは一瞬の出来事だ

高岡 ドライバーというのは、前の周に収集した情報を元に、仮説を立て、それに基づきアクションを起こし、その結果の反証事例を吟味し、仮説を書き換える、という一連の作業を繰り返しているんだろうけど、その最初の仮説が次の周にはまったく通用しないのだから、普通のドライバーは面食らうだろうね。

クラゴン いや~、本当にシャレになりませんでした。あそこまでシビアな状況になると、ボクの知っているモーターレーシングの範疇を確実に超えていましたね。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • 土砂降りの中のコース。天候が変わりやすいといわれるニュルだが…、
    今回はモーターレーシングの範疇を超えるほどシビアな状況だった

藤田 モーターレーシングというより、モーターボートの世界に近かったんじゃないの(笑)。

高岡 それはいいね(爆笑)

クラゴン いまだから笑い話で済みますが、モーターレーシングの常識では、あの状況のことを普通はレースといわないでしょう。ボクにとっても明らかに未知の領域でしたね。

高岡 未知との遭遇か。「道」ではなく、「未知」を走ってきちゃった感じだね(笑)。

一年ぶりのポルシェとニュル&最悪の条件下の予選で、クラス3番手のタイムを出してしまった

藤田 未知との遭遇というほどの最悪の条件といえば、予選のときがまさにそういう感じでした。
 今回のクラゴンのチームは、日本人のクラゴンと、チームが暫定エースにすえていた自信ありげなドイツ人、そして第3ドライバーの陽気なイタリア人という3人がドライバーだったのですが、当初の予選アタックの順番は、①クラゴン、②ドイツ人エース、③陽気なイタリア人という順番になっていました。

クラゴン そのドイツ人の選手はマーコスっていうんですが、ボクを差し置いてエースに抜擢されるなら、よほど速いんだろうなあ、と思っていました。

藤田 その編成をみて、クラゴンは明らかにカチンと来てましたね(笑)。でも、チームとしては、「今年のチームメイトは速いよ。とくにマーコスは、すでにこのポルシェで数レースの経験があり、タイムも出ているので、いい仕事をしてくれると思うよ」と明言していました。

高岡 ほうほう。それはクラゴンに少しはプレッシャーをかけてきたってことかな。

クラゴン ええ、それはあるでしょうね。過去2年、ボクはチームの予想を上回って、チームメイトを撃破してきましたから、ニュルが地元の生粋のドイツチームとしては、日本人に負けっぱなしというわけにはいかないでしょう。

藤田 そんなわけで、キャリアも実績もチームが認めるほどのドイツ人に対し、スポット参戦のクラゴンは、例によってすごく不利な条件で比較される状況にあったわけです。
 おまけに、予選時の天気は、はじめのうち雨で、徐々に天気が回復するという予報だったので、搭乗順序が一番手のクラゴンは、もっともタイムが出しにくい環境だったのです。
 ところがふたを開けてみると、クラゴンは濡れた路面の中で、一年ぶりのポルシェとニュルブルクリンクだったのに、いきなり快走!
 型落ちのポルシェにもかかわらず、クラス3番手のタイムを出してしまったのです。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • スポット参戦で予選アタック一番手のクラゴンにとっては、
    チームメイトに比べ圧倒的な不利な条件だった

高岡 それは次に乗るはずのドイツ人選手には、大きなプレッシャーになっただろうね。

クラゴン そうみたいでした(笑)。実際のところは、予選はその1周しか走ってませんから、タイムアタックというほどでもなくて、クラス3位で自分が驚いたくらいですけど。

路面コンディションがよくなったのに、クラゴンの30秒落ちのタイムだったドイツ人ドライバー

藤田 けっきょく、ドライバー交代するまで予選順位はそのままだったのですが、例のドイツ人ドライバーに交代したころには雨が上がってきて、路面も乾きだしてきました。

高岡 雨が上がりだしてから交代したとなると、圧倒的にドイツ人が有利だよね。

藤田 そうなんです。本人もコンディションがよくなってきていたのはわかっていたので、張り切ってコースに飛び出していったのですが、クラゴンの30秒落ちのタイムしか出なかったんですよ。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • 雨が上がり、路面コンディションがよくなってきていた中、
    張り切ってコースに飛び出したドイツ人ドライバーだったが…

高岡 えっ、路面も乾いてきたのに、タイムを更新するどころか、路面が濡れていたときに走っていたクラゴンよりも30秒も遅かったの?

藤田 そうなんです。本人はそれなりに自信はあったみたいですが、ピットに帰ってきてタイムを聞いた途端に「オイルが出ていた」「路面コンディションが悪かった」と文句を言い始めまして(笑)。言い訳しながらもショックを隠し切れていませんでした。

高岡 それは本人はショックだろうよ。

クラゴン さあ、どうなんでしょう(笑)。

藤田 そしてドイツ人のマーコスのあと、予定通り陽気なイタリア人ロレンツォまで全員が、決勝出場のための基準タイムをクリアしたので、ここで乾いて来た路面に合わせて、再度タイムアタックを敢行することになりました。今回のように予選中に大きく路面コンディションが良くなると、クラスを問わず全車大幅にタイムが上がります。だから、そのままのタイムだと、決勝を後方集団からスタートすることになってしまうんです。
 わずか24台のF1でも、後方集団からの追い上げは大変な仕事で、リスクも伴います。今回のVLNレースは6時間の耐久レースですが、200台も出場することを考えると、予選の順位は大切です。

マーコスを指名したのは、チーフエンジニアがクラゴンを知らなかったから

クラゴン ただ、再アタックでチームが指名したドライバーがマーコスだったんです。チームとしては彼の言い分を信じて、行かせたとは思うのですが……。やるなら最初のアタックで最速だったボクであるべきだ、とは思いました。

高岡 それはクラゴンじゃなくてもそう思うだろうね。

藤田 なぜそうなったのかというと、チーフエンジニアがクラゴンのことを知らなかったからです。チーム・シュマーザルのチーフエンジニアは、今年になって他のチームから移籍してきた人だったので、去年のクラゴンの活躍を知らなかったんですよ。一方、マーコスとは、すでにVLNを数戦一緒に戦ってきたので、予選のタイム差はあってもどちらを信用できるかというと……。

クラゴン チーフエンジニア以外の監督やメカニックは、去年と同じメンバーだったので、ボクのことはよーく知っていたんですけどね。ドイツ人は合理的ではありますけど、明らかでないことに関しては非常に保守的で、たまに困ります(笑)。

藤田 でも、おかげで初対面のときは楽しいやり取りができたじゃないか(笑)。

クラゴン そうでした。じつは、はじめてチーフを紹介されたときに、「オマエはニュルを走ったことがあるのか?」って聞かれたんですよ。そんなこと聞かれたのは久しぶりだったので、ちょっとドキドキしちゃいました(笑)。

藤田 監督やメカニックがクラゴンのことをまったく心配している様子がなかったので、チーフは「何でこんなどこの馬の骨かわからないヤーパン(日本人)のことを、みんなは心配しないんだろう?」と妙な感じがしていたみたいです。

高岡 クラゴンのことを知らない人なら、とても速そうには見えないだろうからね(笑)。当然、本人の目でパフォーマンスを確認しているドイツ人選手を起用したくなるよね。

追い詰められてポルシェをクラッシュさせてしまった「カプート君」

藤田 そうして逆転のチャンスを与えられたマーコスですが、アタックラップを終えるはずの時間になっても戻って来なかったんです。

クラゴン そうなんですよ。ボクが現地からアップしていたブログに、ピットから出るポルシェの写真といっしょに、「ヤバイです。これはカプートしやすいパターンです。」なんて書いたからでしょうか。

高岡 「カプート」というフレーズは聞いたことがないな~。

クラゴン 今年、新しく覚えたドイツ語で、物が壊れたり壊したりするのを「カプート」と言うようです。マーコスは、かなり追い詰められて、いかにも大ミスをするように見えましたから……。

藤田 追い詰めたのは、タイムを出したクラゴンということになりますが、そうしたら、クラゴンの悪い予感が見事的中してしまった! マーコスは、緑の地獄といわれるオールドコースの17キロ付近で、ポルシェをクラッシュさせていたんです。

高岡 まさにカプートさせちゃったわけだ。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • 緑の地獄といわれるオールドコースの17キロ付近で、
    チームメイトがクラッシュさせたポルシェを修理するメカニック

高岡 写真を見ると、けっこうひどい“カプート”だったみたいだね。

藤田 そうなんですよ。それで気がつくと、このカプート以降、日本人応援団の中ではマーコスのことを、いつのまにか「カプート君」というあだ名で呼ぶようになっていたんです(笑)。

高岡 そうなんだあ…。

藤田 2度目のコースインをする前から、カプート君が気負い過ぎているのが、わかるくらいでしたからね。カプート君は乾いた路面で走ったのに、濡れた路面を走ったクラゴンよりも30秒も遅かったわけですから、すでに勝負は目に見えていたのに……。

クラゴン 薄々気付いてはいても、負けはなかなか認められないところですからね。

カプート君のドライビングは、顕在的な視覚に支配されてしまっている

高岡 そのカプート君の画像があったら見せてくれる?

クラゴン はい。この彼がカプート君です。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • カッチカチに固まってしまっているカプート君のハンドリング
    ゆるゆるにゆるんでいるクラゴンとはじつに対照的だ

高岡 うわ~、これは硬いな~。完全に固まっちゃっているじゃないか。カッチカチだよ。カッチカチ。
 パッと見ただけでも、ハンドルの握り方も思いっきり力んじゃっているしね。

藤田 彼をかばう気はありませんが、彼の気持ちはわかるような気がします。ニュルで、この天候で、しかもレギュラードライバーでエースの看板を背負っているのに、スポット参戦のヤーパン(日本人)にタイムで大差をつけられてしまったら……。そのプレッシャーがなくても、普通のドライバーなら路面コンディションだけで、ハンドルにしがみつきたくなるでしょうね。

高岡 それにしても固まりすぎだよ。だって身体のパーツがぜんぜん動いていないだろ。これじゃあぜんぜんダメだよ。

クラゴン ぜんぜんダメって……(笑)。

高岡 だって事実なんだからしょうがないよ。身体でいうと、背面側がまったく働いていないからね。ドライビングという運動に参加しているのは、手とか肘とか、自分の目から見える範囲のパーツだけ、目で見える身体しか使えていないんだよね。当然、視覚情報も顕在意識に片寄っていて、それと連動している身体側のアウトプットも、顕在的な視覚に支配されてしまっているわけだ。
 こうしたことは、当然ドライビングに限った話ではなく、他の種目にも当てはまることで、視覚意識に身体意識が負けてしまっている例は、さまざまな分野で確認することができるんだよ。
 そうした人たちは、要するに身体を視覚意識で動かそうとしているわけだ。

藤田 そういわれると、思い当たる例がたくさんありますね。

クラゴン ものすごく納得できるお話で、思わず大きくうなずいてしまいました。

高岡 本当はかわいそうだけどね、これぐらい固いと。
 ステアリングの握り方ひとつとってみても、掌とステアリングの間が隙間だらけで、まったくフィッティングしていないのがわかるだろ。

クラゴン ホントだ~。

藤田 ほとんどステアリング操作をしていないときですら、掌とステアリングの間に隙間ができていますね。

高岡 そうなんだよ。しかもそれなのに手には力が入っている。つまり、力を入れて握っているにもかかわらず、掌とステアリングの間には隙間だらけでフィッティングできていないんだよ。
 ということは、必然的にステアリングを通してクルマや路面のいろいろな情報を感じ取ることができなくなるからね。

カプート君の致命的な欠点を改善するための体操とは?

藤田 その感覚を専門用語で「ステアリング・インフォメーション」というのですが、先生のおっしゃるとおり、そのステアリング・インフォメーションを感じるセンサーのきめ細かさが、ドライビングの要であり、その精度がそのままドライビングセンスの指標になっているんです。つまりカプート君のセンスは……。
 そういえば、宮本武蔵の五輪書に「手の内にはくつろぎのある事悪しし」(「太刀の持ちやうの事」)という教えがありましたが、太刀の持ち方もステアリングの握り方もどちらも「手の内にはくつろぎのある事悪しし」なんですね。

高岡 五輪書のその下りはクラゴンも『剣聖の剣・宮本武蔵』の講座で徹底的に指導を受けているところだよ。武蔵の教えはすべてのモノを握るときの要諦だから、当然ステアリングの握り方にも当てはまるんだよ。
 ところがカプート君は武蔵の教えに反して、これだけ力んでフィッティングが明らかに悪いのでので、その非常に繊細で微弱なクルマからのさまざまな情報を、ステアリングを通じて感じることができていない。
 さらに、ステアリングを動かしていないときでもこの有り様なので、ステアリングをわずかに切っただけ、たとえ3度や5度切っただけだったとしても、ステアリングにちょっとでも角度がつくと、もうそれだけでフィッティングがついていけなくなるんだよ。

藤田 もともとフィッティングしていなかった掌が、どんどん隙間だらけになっていく一方になるわけですか。

高岡 そういうこと。動かしていないときですら隙間ができていたわけだから、動かしたらもっとスカスカにならざるを得ないよね。
 ステアリングを持ち変えるような場面では、今度は逆に手がステアリングから離れなくて、それが原因でタイミングが遅れてしまっているじゃないか。

クラゴン 一目見ただけで、カプート君のそんな致命的な欠点まで見抜いてしまう、高岡先生って、本当にすごいですね~。

  • 2011年ニュルブルクリンクレースを語る
  • 一目でカプート君の致命的な欠点を見抜いたその認識力に
    さすがのクラゴンも驚きを隠せない

高岡 ありがとう(笑)。でも人の欠点を指摘しただけで、その改善方法を提示しないのは運動科学者として不親切極まりないと思うので、読者にもカプート君にもわかりやすいように、ワンポイントアドバイスしておこう。
 この状況を打破するには、ずばり「手首プラプラ体操」に取り組むこと。
 私がこのカプート君の走りを見て、一番最初に思ったことは、「ああ、手首プラプラ体操をやればいいのに」「手首プラプラ体操を教えてあげたい」ということだったんだから。

第6回へつづく>>

▲このページの先頭に戻る