2011年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。日本ゆる協会理事長として東日本大震災復興支援ゆる体操プロジェクトを指揮、自らも被災地でのゆる体操手ぬぐい配布活動、ゆる体操講習活動に取り組む。
- クラゴン
- レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約11年。2011年8月のVLNがちょうど10回目のニュルチャレンジとなる。
- 藤田竜太
- 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
第10回 クラゴン、11ヶ月ぶりのニュルでいきなりベストパフォーマンス(10) (2011.12.15 掲載)
世界最高峰の日本人の身体文化が衰退してしまったのは、身体運動の根幹である「歩き」を西洋式に変えてしまったから
高岡 江戸時代、世界最高峰に達していた日本人の身体文化が、なぜ明治以降急激に衰退してしまったかというと、富国強兵を最優先の国策とし、軍隊や学校で身体運動の根幹である「歩き」までも西洋式に強制的かつ急速に変えてしまったからなんだよ。
クラゴン やっぱりそこがターニングポイントだったんですね。
- 日本人が失ってしまった財産の大きさに驚きを隠せない
高岡 「歩き」のような最も根幹的な運動要因を、国民全員に西洋式を真似するよう強制したために、日本人の財産だった身体意識と身体能力の高さもアッという間に失われてしまったんだ。
藤田 何とも罪深い話です。
高岡 本当に罪が重いよ。
医療をすべて西洋医学にしてしまったのも、同じように罪が重いけどね。それは西洋医学を取り入れてはいけないという意味ではなく、西洋医学とそれまでの日本の伝統医療を見事に融合すればよかったんだよ。
そうしたら、いまごろ人類最高の医療体系ができていたに違いないのにね。
だからそれも十分罪が重いんだけど、西洋人のマネごとでしかない歩き方を全国民におしつけたのは、計り知れないほどの罪深さがあるよ。
もしそれがなかったとしたら、クルマだろうが、飛行機だろうが、西洋人が開発して、日本人は作ったこともなければ、触ったことすらないような乗り物でも、日本人が乗った瞬間に、それを作った西洋人以上に上手に乗りこなし、「なんで、はじめて乗るのに、我々以上に乗りこなすことができるんだ」「いや~、訳もなくわかるんだよ」といったやり取りができたはずなんだけどね。
クラゴン つまり潜在意識で、乗り方のコツのようなものがわかってしまうということですか。
高岡 そうだね。正しくは潜在意識下でわかるわけだ。
藤田 悲しいことに、現実はその正反対ですからね……。
日本のレーシングドライバーの大半は、クルマの特性、性格、事情、環境に自分をアジャストすることが苦手で、タイムが出ないとすぐにクルマやタイヤなどの道具のせいにして、セッティングの変更を要求するんですよ。
高岡 クルマじゃなくって、何よりも先に自分自身のセッティングを変えなければならないことがわからないんだね。
クラゴン ホントにおっしゃる通りです。
まずはタイムを出して自分の力を証明しない限り、誰も耳を貸してくれやしない
クラゴン 日本だと、ごく一部のトップチーム以外は、セッティングのリクエストを出してくれるドライバーを重宝する傾向がありますから……。
セッティングの良し悪しがわかるのと、気に入ったセッティングじゃないと走れないのは、別問題だと思うんですけど。
藤田 日本のレース界はそんな環境なので、国内レース、あるいは海外でも日本のチームと日本人ドライバーという組み合わせで遠征するときは、リザルトはともかくリクエストは通用するのでいいんでしょうが、そうしたドライバーがなんかの間違いで、クラゴンのように現地チームから海外のレースに参戦すると、はっきりいって悲惨です。
クラゴン 日本人ドライバーはタイムが出ないときにセッティングの変更を要求するのが半ば習慣になっていますから……。
藤田 「あそことここがこんなセッティングになっているからタイムが出ないんだ。だからセッティングを変えてくれ」って、すぐにリクエストを出すわけですが、現地チームは現地チームで実績を持っていますので、「このセッティングでこれしかタイムが出ないのは、ドライバーの問題だ」と言い返されてしまうわけです。
高岡 「文句があるならタイムを出してから言え」ってことだよね。
どう考えてもその方が筋が通った話だよ。
クラゴン 日本人ドライバーは、「チームがセットアップをしてくれない」ということを、よくタイムが出ないときに言い訳にするんですが、ボクにいわせれば、まずその車でタイムが出なくて、言葉が通じないのに、チームになんかしてくれといっても、相手にされないのは当然だと思うんですよ。
高岡 それはやっぱり無理だろう。
まずはタイムを出して自分の力を証明しない限り、誰も耳を貸してくれやしないはずだよ。
クラゴン 幸い、ボクは今まで困ったことがありませんが(笑)。
チームの期待以上のタイムを出すことさえできれば、チームとドライバーの間に国境なんてなくなる
藤田 クラゴンみたいにしょっぱなからチームの期待以上のタイムを出すことさえできれば、その瞬間、チームとドライバーの間に国境なんてなくなってしまうのが、モーターレーシングの世界ですからね。
きちっとタイムを出したうえで、リクエストをする分には、チームだってきちんと聞く耳を持ってくれるんです。
チームはチームでプロですから、今日のコンディションでこのクルマなら、このぐらいのタイムは必ず出るはず、というデータを持っていますから。そのタイムが出ないのに、クルマにケチをつけても、「寝言はタイムを出してから言え」となるわけです。
クラゴン その点、ドイツ人は明確ですよ。
日本人だろうがドイツ人だろうが、タイムを出せば素直に認めてくれるし、タイムを出さなければ、国籍に関係なく相手にしてくれませんから。
高岡 それだけフェアだと付き合いやすくて助かっただろう(笑)。
クラゴン ええ。わかりやすくて最高です。
さっきも言いましたけど、はじめボクのことを疑心暗鬼の目で見ていたチーフエンジニアも、決勝でスタートを担当し、2時間半走り続けてピットに戻ってきたときには、満面の笑顔で近づいてきて、ボクに握手を求めてきましたから(笑)。
高岡 まだレースの途中だというのに、握手なんて珍しいね(笑)。
藤田 あと3時間半も残っていたんですけど……。
高岡 つまり、「おみそれしました~」って感じで、クラゴンに脱帽したってことだよね。
でもそういうところは、ヨーロッパ人の美徳だよ。写真を見ても、チームのメンバー全員が、じつにいい顔をしているじゃないか。これならチームワークもよいはずだよ。
- 素晴らしいチームワークでピンチを切り抜けたメンバーたち
クラゴン はい。チームワークは抜群でした。
藤田 残念ながら、ひとりカプート君だけは、暗い顔をしていましたけど……。
高岡 それはそうだろう。おそらくしばらくは立ち直れないだろうね。
クラゴン 結果としては、このレースでカプート君も初の表彰台を味わうことができたんですけど……。
高岡 でも、自分は大チョンボで足を引っ張り、“東洋の宇宙人”クラゴンにおんぶにだっこの準優勝じゃあ、なかなか素直に喜べないよ。
もっとも、クラゴン自身も最終結果にはそれほど興味がなかったみたいだけど(笑)。
クラゴン そうなんですよ。せっかく準優勝になれたのに、なんだかスミマセン。
じつはクラゴンたちが優勝だったという解釈もできた“幻の優勝”でもあった
藤田 その準優勝というリザルトなんですが、じつはクラゴンたちが優勝だったという解釈の仕方もできた、幻の優勝でもあったんですよ。
高岡 幻の優勝?どういうこと?
- 晴れて乾いた路面時のニュルのサーキット
今回のレースでは豪雨により一瞬で滑りやすい危険な戦場へと化した
クラゴン 今回のレースは6時間耐久レースだったので、本来ならスタートから6時間が経過した時点で、チェッカーフラッグが振られ、めでたくレース終了となる予定だったのですが、あと20分ぐらいで、スタートから6時間というタイミングで、再度とんでもない集中豪雨が降ってきて、ちょうど残り1周というところで、主催者が「これ以上の走行は危険」と判断し、そこでレースを中断→フィニッシュという決断を下したんです。
高岡 ほうほう、それで。
クラゴン 事件は、そのレースが打ち切りになった最後の1周に起きまして(笑)。
じつはそのラストラップで、同じクラスのトップを走っていたクルマがクラッシュして、動けなくなっていたんですよ!
高岡 おお!それならクラゴンたちが優勝じゃないか。
クラゴン ところがレースがアクシデントや天候の悪化で打ち切りになった場合は、その打ち切りを判断した周の1周前の順位を最終結果にするというルールがありまして……。
高岡 それは残念(笑)。
藤田 ですが、一方で耐久レースは、生き残った者こそ勝者であるという考え方がありまして、たとえ走行した周回数が他車よりも多くても、ゴールをくぐれなかったクルマは失格というルールもあるんです。
高岡 そうなると、話はややっこしいね~。
クラゴン そうなんです。
だから、クラッシュして止まったクルマのチームが優勝、ボクたちのチームが2位と発表されたとき、ウチのチームの監督がニコニコして喜びながら、「ちょっとコントロールタワーに抗議してくるよ」って言って、競技長のところに出かけていきましたから(笑)。
高岡 はっはっは。それは監督も愉快だろうよ。
抗議が却下されても準優勝、うまくいったら優勝になるかもしれないんだから、「ダメ元で、ちょこっとクレームをつけてくるよ」ってな感じだったんだろね。
クラゴン ええ、まさにそんな感じでした(笑)。
でもやっぱり1周前の順位を最終結果とするという結論になりまして……。
それでも、監督やチームスタッフは大喜びでしたし、ボクも表彰台にさえ乗れればカッコがつくので、1位でも2位でも3位でも、どこでもいいやって気分だったんですけどね。
藤田 チームもそれまでのベストリザルトが、6位ぐらいだったので、準優勝でも万々歳って感じでした。
クラゴン それなのに、2位を獲得しながらさらに監督が抗議に行けるなんて、「楽しくってしょうがない!」といった心境だったと思います。
高岡 抗議といっても、血走った必死の抗議ではなく、余裕綽々の抗議だったんだろうから、それはかなり痛快な出来事だっただろうね。
藤田 予選が最悪だっただけに、喜びもひとしおだったと思います。
いまがちょうど達人の世界の入り口に立ったところ
クラゴン おかげさまで、去年もいいパフォーマンスを発揮することができたんですが、今年は去年よりも2ランクぐらいレベルが上の仕事ができたと自負しています。予選でカプート君がクルマを壊してきたときは、本当にチーム全体がお通夜のような雰囲気でしたから……。
それが、決勝では、過去ベストリザルト!その振れ幅が大きかっただけに、印象深いレースとなりました。
高岡 天国から地獄っていうのはよくあるパターンだけど、逆に地獄から天国だったわけだからね。でもクラゴン本人は、結果云々にはとくに感慨深いものはなかったと。
藤田 ゴール後の表情も語り口も、じつに淡々としていましたしね。
高岡 それが肝心なところなんだよ。
人はそうしてだんだんと達人になっていくんだから。つまり、クラゴンも達人の道の入り口をくぐり、達人の道を歩み始めたってことなんだろうね。クラゴンもこれまでは、「達人って、どんなものだろう?」って思っていたんじゃないのかな?
クラゴン そうですね……。
あまりくっきりした達人像は持っていなかったというのが本音です。
高岡 そうか。でもそれでいいんだよ。
いまがちょうど達人の世界の入り口に立ったところなので、「これが達人の世界か」と、なんとなく思ってもらってもけっこうなんだけど、一方で「これが達人だ」という固定した、確定したものはないんだよ。
というのも、達人の世界に足を踏み入れてからも、そこからまだまだ無限のプロセスが広がっているからなんだ。だから、達人は上達し続けるしかないんだよ。逆にいえば、その上達する過程が達人だということなんだろうね。
- 達人の世界に足を踏み入れてからも、無限のプロセスが広がっている
じつはその一瞬一瞬の上達過程こそが“達人の世界”だ
クラゴン なるほど~。どこまでも上達し続けるしかないわけですね。
藤田 しかし、大したものですよ、クラゴンは。
最近のレース界は、免許を習得する前の18歳未満の少年時代から、レーシングカートで腕を磨いていた若年ドライバーの台頭が目立つ一方で、30代になると速さに陰りが見えてくるドライバーが多い中で、クラゴンは30歳を過ぎて、30代半ばに差し掛かってきても、客観的に見て年々顕著にパフォーマンスを高めてきているわけですから。
その圧巻ともいえる事実に、モーターレーシングの関係者は、クラゴンのリザルト以上に注目してもらいたいですね。
高岡 まったくだよ。
こういう普通じゃありいえないことが起きている背景には、必ずそれを支えているメカニズムが存在するわけだから。そのメカニズムというのは……。
第11回へつづく>>