2009年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。
- クラゴン
- レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は9年。
- 藤田竜太
- 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
世界一過酷な耐久レースで超次元のスピードを可能にした「ゆるトレ」(3)(2010.02.02 掲載)
予選アタックを託されるということは、そのチームで一番速いドライバーという証
藤田 予選のアタックを託されるということは、そのチームで一番速いドライバーという証ですから、クラゴンがポイントランキング1位だったペアドライバーを差し置いて、新品タイヤでのアタックを任されたのは、二人のパフォーマンスの差は明白だったということでしょうね。
高岡 そりゃそうだろう。開幕戦から最終戦まで走り続けてランキング1位だったドライバーを、そのクルマで4周しかニュルを走った経験がないクラゴンがうっちゃってしまったわけだから。
クラゴン いや~、さすがにボクもビックリしました。
藤田 レースの世界で最も重要なのは、一発のタイムがどれだけ速いかということなんです。決勝レースの結果にはアクシデントや、メカトラブル、天候の変化や運不運といった要素が絡んできますが、1周のタイムアタックとなると言い訳無用でドライバーの真価が問われます。そして1周のタイムが速いドライバーは、何周でも速く走る可能性がありますが、1周のタイムが遅いドライバーは、安定感ぐらいしか評価ポイントがないといってもいいでしょう。
クラゴン 日本のレース界では、まだまだ決勝の結果や、年間ポイントをより高く査定する傾向がありますが、ヨーロッパでは逆に1発のタイムで、ドライバーを評価する伝統があるので、ボクにアタックのチャンスがめぐってきたんだと思います。
- 1発のタイムでドライバーを評価するヨーロッパのレース界
その中でも最も過酷なレースと言われるのが、ニュルブルクリンクだ
高岡 いや、そうした伝統があったにせよ、そこでクラゴンを起用したチームの度量はたいしたものだよ。
藤田 ホントにそう思います。日本ならまずありえないケースですから。
クラゴン 日本だと例えタイムを出したとしても、「キミはまだ新品タイヤで走った経験がないから」とかいって、従来のエースがアタックをするというのが「お約束」ですから。
ヨーロッパ人ドライバーと互角以上にやりあえた日本人ドライバーは、これまで皆無だった
高岡 それを聞くと、ドイツのそのチームがいかに際立った存在かわかるよね。彼らはまさにそうした特有の合理精神で、これまでの実績を積み重ねトップの座まで上り詰めてきたわけだ。一方、日本国内では他人の足を引っ張ったり、客観的データをごまかすようなことまでが日常茶飯事の状態で、合理精神とはずいぶんかけ離れたところにいる。これは日本のレース界だけでなく、嘆かわしいことに現代日本の国民性ともいえる現象です。でもそんないまの日本から遠征したクラゴンが、合理主義を貫いてきたドイツ人を軽く一蹴してしまったという出来事は、じつに痛快であるとともに、彼らがどのように思ったかがとっても気になるところだよね。だって、F1からこのニュルのレースまで、モーターレーシングの本場で、ヨーロッパ人ドライバーと互角以上にやりあえた日本人ドライバーなんて、これまで皆無だったんだから。
クラゴン おっしゃるとおり、レーシングドライバーとして、かの地で評価されているドライバーはちょっと思い浮かびませんね。
藤田 現役のレーシングドライバーではありませんが、ブリヂストンの開発ドライバーとして、ポルシェ専用タイヤのテストを担当された、日本のレーシング・レジェンド=某Kさんだけは超一流と評され、ニュルで開発テストをおこなっている各社のドライバーからもリスペクトされていますが、彼が唯一の例外でしょう。
高岡 そうした過去の実績を考えると、口には出さないにせよ、向こうの関係者は日本人ドライバーをどこか見下しているところがあるはずだよね。
クラゴン たしかにボクも一発タイムを出すまでは、なんとなく上からの目線を感じることがありました。そのこと自体は、過去に参戦した現地の他のチームも同じだったので、ある程度予想はしていたんですが、今回のチームはとくに実績が秀でていたので、これまで以上にとっつきにくい印象で、はじめはボクも面食らいました。
高岡 クラゴンでも最初はそういう扱いだったんだ。もっともそれが当然といえば当然なんだろうけど。
クラゴン これまでのチームは、英語が話せるスタッフがいて、その人を通せばある程度コミュニケーションには不自由しなかったんですが、今回のチームはゲルマン魂100%の非常に濃いチームカラーで、なかなか話しかけられる雰囲気ではなかったんです……。
高岡 裏を返すと、それだけ出来上がっているチームってことだよね。しかるがゆえに入り込む隙間が見当たらなかったんだろうな。物理的にもクラゴンがクルマに乗り込む隙間もなかったようだし(笑)。
一同 爆笑!
1kmで1秒以上のタイム短縮は、一回りエンジンの大きいクルマのクラスに匹敵するパフォーマンス
高岡 ところで、そうやって任された予選アタックの結果はどうだったの?
クラゴン 結論からいうとバッチリでした! 具体的には、前日のフリー走行でチームの度肝を抜いたタイムを、さらに30秒も短縮したとのことでした。
高岡 1周30秒! ニュルのコースが1周25km(オールドコース+GPコース)もあるとはいえ、それでも1kmで1秒以上短縮したってことだよね。とても同じクルマのパフォーマンスとは思えないタイムじゃないか。
藤田 いくら新品タイヤの力でタイムアップするにせよ、1kmで1秒以上も速いとなると、もう一回りエンジンの大きいクルマのクラスに匹敵するタイムです。
- 任された予選アタックで1kmあたり1秒以上のタイム短縮を果たし、
現地チームスタッフをさらに驚嘆させたクラゴン
高岡 チームの連中は、またまたぶったまげたことだろうよ。
藤田 ええ、すでにフリー走行で度肝が抜けてしまっていたので、あわてて度肝のスペアを探しているような興奮ぶりでした(笑)。
高岡 はっはっはっは。
クラゴン それでも、コース上で事故処理をしている区間があって、そこで減速を強いられながら記録したタイムだったので、ボクとしては理想的なアタックタイムではなかったんですが……。
高岡 そこまでいくと、ドイツ人スタッフにはミステリアスな速さとしかいいようがなかったんじゃないかな。
クラゴン たしかにチームの連中も不思議がっておりましたし、予選アタックが終わった後は、「お前は日本で一体どんな仕事をしているんだ?」って、何人もが聞きにきました。それに対して「オレの日本での仕事は、クラゴン部屋(※クラゴン主催のドライビングスクール)の親方だ」と答えてやったので、彼らはますます頭を抱えておりましたが(笑)。
藤田 要するにこれほど高いパフォーマンスのドライバーなら、日本の自動車メーカーのワークスチーム(メーカー直系のレーシングチーム)のドライバーなはずで、ニュルのレースに出場するにしても、ドイツのプライベートチームとは契約なんてしないはずだと思ったんでしょう。
クラゴンのパフォーマンスは、かつてチャレンジした全日本クラスのドライバーを、何段階も凌駕したレベル
クラゴン ボクの場合、マネージャーもいなければ通訳もいないので、身ひとつで行動する正真正銘のプライベーターなんですけどね。
高岡 いってみれば、さすらいの用心棒家業ってところだな。でも、そんなクラゴンに出会ったことで、彼らの日本人観は一変してしまっただろうね。
クラゴン ええ、そうとう変わったと思いますよ。はっきりいって、これまでニュルのレースに挑戦している日本人ドライバーは、日本の自動車メーカーもしくはタイヤメーカーのバックアップがあるか、あるいは参戦資金を持ち込んで、お金でシートを買ったドライバーだけだったので、パフォーマンスが評価されて現地のチームと契約しているのは、ボク以外にはいないと思います。
藤田 最初にお話したように、他の日本人でも国内でそれなりに活躍しているドライバーなら、ニュルを2週間走り込んだり、500ラップ以上経験を積めば、ニュルでも通用しないことはないでしょう。でも普段日本に生活基盤があるドライバーが、レース前にニュルに2週間も通いつめることは難しいでしょうから、スポットでニュルに参戦し、ポテンシャルだけでニュルに通用する日本人は、実質的にクラゴン唯ひとりかもしれません。
高岡 おそらくそれは間違いないでしょう。
- マネージャー&通訳なしの身ひとつで行動するクラゴン
パフォーマンスの評価で現地チームと契約する唯一の日本人ドライバー
藤田 これまで全日本レベルのドライバーが、何人もニュルに挑戦していますが、正直一度や二度の挑戦では、みんなニュルを攻略するレベルにまでは達していませんでしたから。逆にいえば、それだけニュルが特殊であり、トップドライバーといえども、いきなり通用するコースではないというのが、ある種の共通認識だったわけです。
高岡 けっきょく、そういう方向で納得するしかなかったんだろうね。
クラゴン そういうことだと思います。
高岡 でもそれって、意地悪な言い方をすれば、ニュルで日本人が通用しないことを、正当化しているだけだともいえるわけだよ。だってそうでしょ、現実問題、クラゴン以外の全日本のトップクラスのドライバーでも、ドイツ人やヨーロッパ人のトップよりも速く走れた人がいなかったわけだから。しかし今回クラゴンが、その大きな壁をブレークスルーしたということは、かつてチャレンジした全日本クラスのドライバーを、何段階も凌駕したということになる。この客観的事実は重要だよね。(第4回へつづく)