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2009年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫
    運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。
  • クラゴン
  • クラゴン
  • レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は9年。
  • 藤田竜太
  • 藤田竜太
  • 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。

世界一過酷な耐久レースで超次元のスピードを可能にした「ゆるトレ」(2)(2010.01.27 掲載)

クラゴンの速さの秘密は、クラゴンのゆるんだ身体にある

クラゴン でもそこでひとつ感心したのは、ボクがポーンと結果を出したら、すぐに彼らがボクのことを認めてくれたということです。日本のレース界では、一発ぐらいいいタイムを出しても、やれコンディションが…だった、エンジンが…だった、etc.と言い出して、付き合いの浅いドライバーだと、認めてくれるまで時間がかかることが多いんです。一方、ドイツ人は基本的にプライドはすさまじく高い人たちなんですが、きちっと数字で実力を証明すれば、すぐに認めてくれる性質だったんだなあ、と。

高岡 どこまで行っても客観的事実すら認めない指導者が、日本ではしばしば見聞きされるけど、その点ヨーロッパ人というのはさすが合理主義だよね。

藤田 きっとそういう背景がなければ、日本人のクラゴンが現地の有力チームと契約できるチャンスもなかったんでしょうね。

高岡 そういうことだよね。たしかに彼らの合理的な精神性に助けられている部分は少なくないと思うよ。

  • 300%アウェーのコースで、現地のスタッフに実力を認めさせたクラゴン

クラゴン もっとも、彼らが目を皿のようにしてパソコンの画面を覗いていても、ボクのパフォーマンスの秘密は盗めないのにな~、とこっちでニヤニヤしていたんですけど(笑)。

高岡 はっはっは。クラゴンの速さの秘密は、クラゴンの身体にあるんだから、ドライビングのデータなんていくら解析したどころで、何百分の一も盗めないよね。どんなタイミングでどんな操作をしたかなんていうのは結果であって、それを可能にした本質的メカニズムにドイツ人スタッフも目を向けないとな(笑)。

藤田 データを見て、「このコーナーは○○○km/hで曲がれるのか」ということがわかったとしても、相手もプロのドライバーなんですから、その速度でいけるぐらいならはじめからいっているわけで……。わかったところで、真似できるものではないですからね。

高岡 クラゴンと同じように走るためには、クラゴンと同じように身体がゆるんでこないとね。どこまでも深くゆるむこと。けっきょくそれに尽きるんだよ。とてつもなく深いところで細胞意識が働き出しているということ。そうでなければ説明がつかないわけですよ。クラゴンはそのときはじめて乗ったクルマで、コースも彼らのホームコースだったわけですからね。

クラゴン はい。ボクにとっては完全にアウェーでしたね。ただ、最近は国内のレースにはほとんど出場していないので、その意味では、ボクにとってもホームコースといえばホームコースなんですが(笑)。

世界でもっとも手ごわいサーキットで、2~3周走っただけのクラゴンが、シリーズトップチームのベストタイムを更新してしまった!?

藤田 クラゴンは笑っていますけど、ニュルというのは2008年の対談スペシャルでも紹介したとおり、掛け値なしに世界でもっとも手ごわいサーキットなんですよ。なにせコーナーの数だけでも、大小合わせて1周で170箇所以上もあるところなんです。プロドライバーでも、2週間は走り続けないとレーシングスピードまで持っていけないといわれていますし、周回数でいえば500ラップ(ニュルの1周は、オールドコースだけでも20.832kmもある)で「まずまず」のレベルといわれるサーキットですから。それだけにニュルほどホームとアウェーの差が大きいサーキットも世界広しといえどないですからね。

高岡 500周走って半人前といわれるそのニュルを、クラゴンはこれまで何周ぐらい走っているの?

クラゴン ボクはまだ150ラップ程度なので、はっきりいってヒヨッコもいいところです(苦笑)。

藤田 150周程度では、あのニュルでは足慣らし程度の経験ですね。

高岡 それで、そのレースの初日に2~3周走っただけで、そのチームのもっていたベストタイムを更新してしまったわけだ。

クラゴン ええ。レースウィーク初日のボクの周回数はたったの3周だったので、ひとつのコーナーに関しては3回しか走っていないことになりますね。

直進安定性よりも旋回性能を優先させたS2000で、ドイツのトップチームを仰天させるタイムを出せたというのは、少なく見積もっても五段重ねの価値がある

藤田 そうした絶対的なコースに対しての経験不足もさることながら、もうひとつ厄介だったのは、今回クラゴンがドライブしたS2000というクルマの特性なんです。

高岡 そのS2000というクルマが、どう厄介だったの?

藤田 S2000のエンジンの排気量は2.2Lなんですが、サーキットで走らせると、もっと大きな排気量のクルマに匹敵するタイムが出るんです。エンジンが比較的小さいということは、直線のスピードでタイムを稼ぐクルマではなく、コーナリングスピードで勝負しているということになります。事実、S2000はフロントミッドシップのFR(車体前方にエンジンを搭載し・後輪が駆動輪)という、コーナリング性能を高めるための特殊なレイアウトを採用しています。しかし、コーナリング性能(旋回性能)が高いクルマは、必然的に真っ直ぐ走ることが苦手になってしまいます。いわゆる旋回性能と直進安定性というのは、トレードオフな(相反)関係にあるので、S2000もコーナリングを得意とする分、安定性はある程度犠牲にされています。でもニュルというコースは、直線すら路面がうねっているような、非常に危なっかしいコースなので、その肝心な直進安定性のレベルが低いと、ドライバーはなかなかアクセルを踏み込んでいくことができないんです。

クラゴン それを何とかするのが、実力の見せ所なんですけど……。

藤田 まったくそのとおりなんですが、それでもクルマがそういう特性を持っているということは、それだけ他のクルマよりもクルマに慣れるまでに時間がかかるということなんです。

  • 今回クラゴンがドライブしたS2000
  • S2000はコーナリング性能が高い分、直進安定性を犠牲にしている
    直線すら路面がうねっているニュルでは慣れるまでに時間がかかる

クラゴン たしかに2008年にニュルで乗った、BMWのM3はS2000以上にハイパワーで、しかもコーナリングも抜群に速いクルマでしたが、S2000と比べると安定感は抜群で、最初から安心して攻めた走りができるクルマで楽だったな~。

藤田 BMWはポルシェと並んで、ニュルを徹底的に走り込んで、クルマを作り上げているメーカーだから、BMW、とくにM3がニュルでいいのは当たり前といえば当たり前。そういう意味で、あのS2000でわずか3周でドイツのトップチームの連中を仰天させるタイムを出せたというのは、他のクルマでタイムを出す以上の価値があったと思います。

高岡 それはやっぱり価値があることだよ。まず日本人で、しかも運転席に入れなくて(笑)、コースに対する習熟度が低くて、しかも乗りにくいクルマにもかかわらず、現地のレギュラードライバーより速かったわけだから、少なく見積もっても五段重ねの価値がある。その価値は、当然本場の連中にも認められたわけだけど、それも「思ったよりやるな」といったレベルではなく、彼らがクラゴンの走りを勉強せざるを得なくなるほどのパフォーマンスだったのだから、これはまさに快挙だよ。

藤田 S2000はホンダのクルマなので、それだけは日本人のクラゴンに有利だったのではと思う人もいるかもしれませんが、今回クラゴンが乗ったのは、現地仕様の左ハンドルのクルマですから、それはまったく好材料にはなりません。

クラゴン ボクも日本でS2000に乗ってレースに出場したことはあったんですが、日本のガレージが作るレーシングカーと、ドイツ人の作るレーシングカーは、ベース車が同じであってもはっきり考え方に違いがあって、日本で乗ったS2000の経験は正直あまり役には立ちませんでした。

高岡 他のスポーツで考えれば、他人のラケットを借りて、いきなりテニスの試合に出るとか、他人のためにセッテイングされたスキーの板、ブーツ、ウェア、ストックで、いきなり急斜面にアタックするような、そういうレベルでの困難さがあったといえるんじゃないかな。それでいきなりチームしかもトップチームのベストタイムを更新されてしまったのでは、面目丸つぶれという以上に、度肝を抜かれてしまっただろうね。

セカンドドライバーのはずが、ポールポジションを狙いにいくエースドライバーの役割を任された

クラゴン そうだったみたいです。けっきょくそのレース初日は、ボクの出したタイムも、ペアを組んだドライバーのタイムもボクには教えてくれなかったんですが(笑)、翌日の予選時に、彼らがどれだけボクのことを評価してくれたのかがはっきりとわかる事件がありまして……。

高岡 クルマに乗り込めないという事件に次いで、またまた事件!?

クラゴン そうなんです。VLNは耐久レースだったので、予選はエースドライバーだけでなく、セカンドドライバーも最低1周以上はタイムを計測し、基準タイムをクリアする必要があるんです。もっとも、基準タイムはそれほど厳しいものではないので、まずはそれぞれのドライバーが1周ずつ軽く走って、その基準タイムをクリアし、最後にエースドライバーが1周だけ本気で走って、ポールポジション(決勝のスタート位置が一番前のポジションのこと)を狙いにいくものなんです。

藤田 耐久レースはクルマへの負担が大きいので、予選時の周回数は最小限にして、クルマやタイヤ、ブレーキなどを温存しておくのがセオリーなんです。

クラゴン なので、自分はてっきり基準タイムをクリアすれば予選時の出番は終了だと思っていたんですが、ウォームアップを含め2周走ってピットに帰ってきたら、「いま新品タイヤに履き替えるから、そのままお前がアタックして来い」っていうんですよ。

高岡 アタックを任されたということは、チームはクラゴンをエースドライバーに据えたっていうことか!(第3回へつづく)

  • チームからアタックを任され気合十分のクラゴン

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