高岡英夫の新刊には書けない裏話「マルクロ武蔵論(1)」
- 高岡英夫[語り手]
- 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。
一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
マルクロ武蔵論(1)(2009.05.05 掲載)
今月5月26日(火)にいよいよ私の新刊『武蔵は、なぜ強かったのか? 「五輪書」に隠された究極の奥義「水」』(講談社)が刊行されます(直近の出版社からの情報では1~2日程度遅れるかもしれない、とのことです)。今回は新刊キャンペーンということで、本に書けない裏話「マルクロ武蔵論」をこの「究極の身体」サイトで4回にわたってお届けします。
さて、本を書く身にしてみると、「本じゃそこまで書けないよ」っていう話はいっぱいあるわけですよね。でも本には表現を逸した話や酒飲み仲間の軽口みたいな話は載せられないので、そのような話は当然書かないわけです。
しかし本には決して載せられない話の中にも、意外にも真理をついていたり、真面目な仕事の裏事情を知る楽しさがあったりと、捨ててしまうには惜しい話もあろうかと、おしゃべりさせていただくことにしました。
武蔵はゆるゆるにゆるみ切った、ものすごいふざけた人間だった
武蔵はねぇ、ものすごいふざけた人間だと思いますよ(笑)。まるで手が付けられないくらい、ふざけた人間だったと思う。どのくらいふざけているかというと、もうどんなに親しい弟子、高弟にでも絶対にふざけたところは見せないぐらいにふざけた人間ですよ。どこまでも究極的に真面目そうに見せていたんだと思う。だけどその裏側は、じつに究極的にふざけ切った人間なんですよ。そうじゃなかったら、あの60余度もの真剣勝負なんかできないですよ、人間は。
武蔵の人間性についていうと、通常は次の二つの方向で考えられることが多いですね。一つは、要するに偏執狂、そこまで命がけの勝負を挑んでいくしつこさ、つまり人格的に普通の人間ではなくて、偏執狂がゆえに出来たんだという考え方です。心理学的というより精神医学的な見方ですよね。
もう一つは、あれだけ戦い抜いていくわけだから、本当に真剣そのものの人物であるという考え方。究極的には真剣そのもの、もうとにかく徹底的に求道一筋ということですよね。ここについてはまさに確証のある部分だから、今度の新刊でも触れていますが、求道一筋の彼にとって「いったい何のための求道だったのか」、「何を求めて60余度戦うことになったのか」。それらについては本を読んでからのお楽しみということで、ここではしゃべれません。講談社にお縄でひっとらえられてしまいますから(笑)。
でもじつは、それだけでは足りないんですよ。とくに第一の見方は底が浅すぎますね。偏執狂ではあそこまで戦えないし、あそこまでは続け切れない。土台、精神が狂ってるんだから、とてもじゃないですけど、あんな合理極まることをやり続けるのは無理です。なぜって偏執狂だから。精神的に偏執的な人間が、そこまでの合理性の高いエネルギーの発揮、また運動能力を発揮するのは無理ですよ。運動科学の専門的立場からいって、ありえない。
それから、一方の「真剣さ」でいえば、これは皆さんよくご存じの通り、真剣なだけじゃ、もうストレスフルな人格だからストレスで負けちゃいますよ。だから武蔵は真剣であると同じ程度に凄まじくゆるみ切っていたはず、というわけです。
今度の新刊では、ここは醍醐味なので、武蔵がいかにゆるみ切っている存在だったかということについても何度も触れていますが、精神もゆるゆるにゆるみ切っている。これは別のいい方をするとふざけ切っている男、ということなんですよ。
究極的に凄まじいことをやる人間は、必ず「真面目」かつ「プッツン」の次元を兼ね備えている
だから、あれだけの真剣な戦い方を敢行できたわけです。これを「真面目かつプッツン論理」と呼んでいるんですが、究極的に凄まじい業績を達成する人間は、必ずこれら二つの次元を兼ね備えていたと私は考えています。どんな分野でもそうです。それが軍人だろうが、兵法家だろうが、政治家だろうが、経営者だろうが、研究者だろうが、芸術家だって皆そうですよ。
武蔵ほどの存在ではないかもしれないですけど、合気道の塩田剛三先生もそうです。僕が最後の公式対談相手になったわけですけれど、そのとき塩田先生はおっしゃったんですね。「真面目かつプッツンの構造でなければ、決して達人にはなれないってことは共感できます。僕もそうです」と、人には聞かせられない具体例まで出されて塩田先生は賛同してくださいました。本には載せていませんけど。
その他にも具体的な面白い話をいっぱいしてくださいました。もうお亡くなりになりましたけど、まだ載せられませんね。話しちゃったら面白いんですけど(笑)。塩田先生の裏話というのを何かに書いておいて、私が死んだら日本中のどこかに埋めておきますから、掘り出して、ぜひ読んでみてください(笑)。「へー、そうなんだ」と皆さん納得されると思いますよ。
それからいま、本当にトップ中のトップで優れた究極的な追究をしている人間たちがいるでしょう、各分野に。皆、信じられないくらいふざけた男ばかりですよ。だから武蔵のあの究極的な追究によって戦い抜いた人生、晩年まで追究し切った求道の人生、あれだけのものを追究し切った人間なんだから、その裏側ではふざけた方向を全く同じ距離、深さまで内容豊かに追究し切ったはずなんですね。これが人間の法則というものです。
武蔵について書き残した人物には武蔵のふざけたところが認識できなかった
でも、それを記した資料はどこにも残されていない。絶対に間違いないと、私は考えているんですけどね。残されてない理由は、いくつもあるでしょうね。やっぱり弟子たちがそれを何かで一瞬垣間見ることがあったとしても見なかったことにしようとか、それから実際に書かれたものがあったら見つけて焼き捨ててしまうとかね。
だから直接武蔵と付き合っていて、その現在進行形として武蔵について書いたものは何にも残っていないんですよ。残されてる資料はその後だいぶ経ってから書かれたものばかりなんです。皆、伝聞の伝聞の伝聞みたいなものばっかりなんですよ。
だから、そのときに偏執狂とかっていうことの根拠になりそうな話とか、容貌怪異とか、もう小さい頃から大人顔負けの怪力だったとか、白髪三千丈じゃないんだけど、武蔵の戦い抜いた凄まじい印象を表面から近視眼的に眺めたものばかりなんですよね。
だから、その真面目な方向での武蔵の素晴らしい、追究し切った人生の中身というのは何も結局、その後彼について書いた人物の中には、認識されようもなかったんですよね。つまり、それを書き記した程度の人物には理解しようもなかったわけです。
一方で、武蔵のふざけたところなんて、その水準の人たちでは多少伝聞の中でチラッと見た人たちでも信じられないでしょうね。仮に武蔵の口から出た音声が音波になって耳に届いたとしても、いわゆる耳を突き抜けて、向こう側に抜けていってしまっただけでしょう。つまり真面目な方向の中身すらもわからない。いわんや不真面目なふざけた方向なんてのは存在するわけない、考えられもしないということだったのでしょうね。
それが禅僧か何かだったら、たとえば一休さんや良寛さんのように禅僧だったら「そういうこともあるかなぁ」となるわけでしょう。もちろん禅の修業で命を落とした人間はいくらでもいるわけですからこちらも十分凄まじいわけだけど、その一方でそういう洒脱というか、ユーモアたっぷりのそのベクトルというのが存在するというのは、皆に知られている。また殺し合いをやる人ではないから、皆一般の人たちの認識範囲や許容量の中でもそれが同居し得るんだよね。
ところが、凄まじい戦いをやったんでしょうね、武蔵は。実際60余度と五輪書に書いてありますけど、その凄まじさからすると、どうしてもそのユーモラスな武蔵のベクトルというのが許容できなかったんでしょうね。真面目な方向すら許容できないのですから、ユーモラスな方向など許容されるわけもなく、どうしても容貌怪異な偏執狂というイメージになってしまうんでしょうね。
優れた人間というものを、こうした薄っぺらな存在として見てしまう習慣、もしくは常識というのは、実に世の中を底の浅いものにしてしまう元凶になっていると、私は思うのですがね。