「究極の身体」を体現させる最先端メソッド
「ゆるスキー」最新レポート
- 高岡英夫[語り手]
- 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
- 松井浩[聞き手]
- 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。
世界トップスキーヤーの本質力の正体を解き明かす(2)(2009.02.06 掲載)
――私は寒いのが苦手なこともあって、アルペンの選手はほとんど見ていないのですが、日本に面白い存在の選手はいますか?
高岡 佐々木明(北海道出身の27歳 W杯で2位に3度入ったことがある)という選手が、日本選手としては珍しいぐらいゆるゆるな身体をしていたんですけどね。数年前から、筋トレで固めだしちゃったんですよ。
――佐々木選手は、回転などのターンで身体を内側に深く傾かせることができ、手が雪面に着くといわれた選手ですね。何年か前に、そんな話を聞いたことがあります。
高岡 アメリカのボディ・ミラーというゆるゆるの世界的に有名選手がいるんですが、専門家の間でも、佐々木は、このミラーに近づけるんじゃないかと期待されていました。そのまま、さらに身体をゆるめる努力をすればよかったのに、逆に固める努力をしてしまったんですね。
※ボディ・ミラー アメリカ生まれの31歳。’02年ソルトレーク五輪の大回転と複合で銀メダル。’06年トリノ五輪は滑降の5位が最高。昨年のW杯でシーズン総合優勝。
――佐々木選手も、筋トレのワナにはまってしまいましたか。最近の報道では怪我もあって、苦戦しているようですね。もっと早くからゆるトレーニングに取り組んでいればと残念ですね。
天才スキーヤーは、身体のゆるみを内包させながら2本のスキー板と脚を1本的な2本として使うことができる
高岡 今からでも遅くはないですよ。才能はあるんですから。
現在、アルペンの世界で天才的な選手といえば、先ほど挙げたボディ・ミラーとベンジャミン・ライヒですが、この2人では、ライヒの方が安定した成績を残しています。
※ベンジャミン・ライヒ オーストリア生まれの30歳。‘02年ソルトレーク五輪の滑降と回転で銅メダル。'06年トリノ五輪の大回転と回転で金メダル。W杯でも安定した成績を残し、欧州ではライヒ人気で観客動員が大幅に増えたといわれている。
ミラーはすごいときは、本当に「天才!」という滑りをするんですけど、失敗も多いんですよ。30歳になっても、なかなか円熟していかない。それに対して、ライヒはいつもいい滑りをして、いい結果を出しています。なぜかといえば、ミラーが、ライヒに比べてゆるむことに頼りすぎているからなんですよ。いかに身体がゆるゆるにゆるんでいても、スキー選手として大成しようと思えば、そのゆるみを内包させながら競技特性に合わせて身体をコントロールする必要があるんですね。私がつくったスキー特有の概念でいうと、「2本的1本的2本」です。2本のスキー板を1本の板のようにかつ2本の板のように操作できなければならない。
昔から、スキーの世界では、2本の板をどう操作するかが議論になっていて、2本を同時に操作する「同時操作」と、人間は右、左、右、左と足を出すんだから、それと同じようにスキー板を交互に操作する「交互操作」という二つの考え方があります。しかし、現在の天才スキーヤーの滑りというのは、そのどちらでもないんですよ。真理は、「2本的1本」かつ「1本的2本」なんですね。2本足が、ある程度の時空間の中に収められている状態で、ズルズルとズレ合って自由運動をするんですけど、全体として見るとある程度のスケールの中に1本的運動として自由運動する統合的な1本なんです。これを「2本的1本的2本」というんです。
――「2本的1本」かつ「1本的2本」。うーん、深いですね。
高岡 深いでしょ。その能力が、ライヒは非常に高いんです。W杯などの滑りを見ていると、ミラーがスタートから本当にゆるゆるな動きをするものだから、一見すると、ミラーの方がゆるんでいるように見えます。でも、「2本的1本的2本」の能力がライヒに比べて低いから、途中で身体がバラバラになることが少なくないんですね。一方のライヒは、ゆるみを上手に内包させながら、コースの状態や旗門などに合わせて自分の身体とスキー板をバラバラになりすぎないようコントロール仕切ることができるんです。
――スキー選手というのは、基本的にはゆるんでいればいるほどパフォーマンス力もアップするということですが、極めようと思えば、さらにゆるみながらも自分の身体とスキー板をコントロールしく必要があるということですね。
高岡 そういうことですね。武術でも舞踊でも他のスポーツでも、この「2本的1本的2本」に当たる「ゆるみの統合」という能力は決定的に重要です。世界のトップ選手や、歴史に名を残す天才スキーヤーというのは、そういう境地に達しているんです。そして、その境地を真剣に目指すには、統合作業の大前提としてまず、身体を徹底的にゆるめることが必要不可欠となります。
――ということは、現在の日本のスキー環境では、ゆるスキーやゆるトレーイングを知るかどうかで、スキーに対する認識も全く違ってきますね。
同じようにウエア着て、ブーツ履いて板をつけて滑っていても、ゆるんでいるか、固めているかでは全く違う
高岡 まさに、そうです。同じようにウエア着て、ブーツ履いて板をつけて滑っていても、ゆるんでいるか、固めているかではしていることが全く違うんですよ。たとえば、おいしい野菜を作りたくて、畑をよく耕して空気を取り入れながら柔らかくしていこうという時に、ミキサー車をもってきてコンクリートを流し込むようなものです。もちろん、スキーは同じ人間がすることなので、結果を見れば、柔らかな畑とコンクリートで固めた畑ほどの違いはないですが、同じように上達をしたくて努力をしても、その努力には、それぐらいの違いがあるということです。