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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第5回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第5回 ダルビッシュ有(08.08.01 掲載)

――北京五輪で金メダルを狙う野球・日本代表のエースといえば、ダルビッシュ有(北海道日本ハム)ですね。まだプロ入り4年目の21歳ですが、日本を代表するピッチャーに成長しています。

特に側軸の発達したダルビッシュの投球フォームは、とても美しい

高岡 さすがに、彼はいいところがいっぱいあるよね。左側の「第2側軸」、「第3側軸」、そして、誰も知らない「第4側軸」。

――えっ、「第4側軸」ですか。初めて聞きます。

※「側軸」とは、「センター(中央軸)」の左右に発達した天地に貫く身体意識。『センター・体軸・正中線』(ベースボール・マガジン社)の第1章「センター/正面から見たとき、縦に通る「側軸」は7本ある」(65ページ~)で詳しく解説しています。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 あるんですよ、「第4側軸」というのが。両肩の外側に沿って天地に貫く意識です。彼の調子のいい時は、身体の左側がすごくいいでしょう。

――左肩が開かないですね。きちっと軸足に乗って立った後、身体をひねりながら腕を振っていきますが、なかなか左肩が開いていかないですね。

高岡 フォームが美しいでしょう。

――美しいです。ビデオのスロー再生で見ると、特によくわかります。ピッチングは「下半身主導」とよく言われますが、身体をひねる時、本当に下半身から順番に規則正しくひねられていきます。何度見ても、うっとりしますよ。

高岡 全身が下から順にキレイにひねられていくのに、左肩は開かないところが、普通のピッチャーにはなかなか出せない美しさの秘密なんです。それに身長もスラッとしていて(196cm84kg)、手足も長いので余計にそう思うのでしょうが、美しさの背景となる真のメカニズムは、身体の左側に「側軸」が3本もきちっと立っていて、そこに身を任せられるところなんですよ。

――「左肩を開かないようにしよう」なんて考えてないんですね。

高岡 そんなこと考えていると、逆に硬くなって開きやすくなりますよ。そうじゃなくて、ゆるんで軸に身をまかせていける結果として左肩が開かないんですから、やっぱり天才的なピッチャーですよね。こういうピッチャーが、300勝、400勝してくれるといいと思いますね。本人も、日本のプロ野球で活躍したいと思っているんでしょう。

――イラン人の父親と日本人の母親のハーフで、子供の頃から辛い思いをすることが多かったようですね。でも、そういう偏見に負けなかったのは、日本の野球に出会ったからだというので、メジャーリーグには全く興味がなく、ずっと日本のプロ野球で活躍したいそうです。それと、9回まで一人で投げ切るというのを理想としていて、昔気質というんですか。

高岡 それで金田(正一)や稲尾(和久)、米田(哲也)らをイメージして300勝、400勝してほしいと思ったのかもね。本当に長く活躍してほしいピッチャーの一人ですよ。

センターが途中でブレているのが、今年の調子がもう一つ上がっていかない最大の理由

――そのダルビッシュですが、北京五輪でも、期待通りの活躍をしてくれるのでしょうか。

高岡 ところが、今年のダルビッシュは、去年と比べると、「センター(中央軸)」の通りが今ひとつなんですよ。

――確かに昨年はパ・リーグで15勝5敗の成績をあげる大活躍だったのに、今年はちょっと調子が悪いですね。といって、極端に悪いわけではないのですが。

高岡 センターが全く通ってないというんじゃないんですよ。途中に、ブレているところがあるんです。たとえば、腰椎の3番のとか。

――もともと、あまり身体の強い子ではないですからね、ダルビッシュは。高校時代から今でも、腰や右肩をよく痛めています。一昨年も右肩を痛め、壁に向かって右手を高くあげ、ハンドボールぐらいのゴムボールを壁に向かってドリブルするという、狙いは「ゆる体操」と同じなんですけど、これで克服したりしています。

高岡 そういう故障とも関係してくるんですけどね、腰椎の3番のところでは、右下から左斜め上へ向かってズレが起きていますね。それと胸椎全体。肩甲骨と肩甲骨の間を中心に、左へ向かって弓反りにするような力が働いています。

――筋肉の状態でいえば、そこの筋肉が硬くなって縮んでいるということですね。

高岡 そうです。その部分の筋肉やじん帯が固まって、さらに、その周りの筋肉も固まってきているんです。そのため、無駄な力がかかるような体の使い方になるわけです。
ダルビッシュの場合、一番の問題は仙骨と腸骨の関係です。仙骨というのは、その左右にある腸骨のちょうど真ん中にピシッと収まって、左右と前後のバランスもピタッと整っていなければダメなんですよ。それが、仙骨の右端が奥へ入っている感じなんですね。

――「仙腸分化」ができていないんですね。

※「仙腸分化」とは、仙骨と腸骨をつなぐ仙腸関節が完全に分化すること。『究極の身体』(講談社)の第5章「身体分化・各論[割腰]」(183ページ~)で詳しく解説しています。

センターがブレると、真っ向からの勝負ができなくなってしまう

高岡 そういうことですね。ただ、仙腸関節のゆがみは、いい選手でも体調を崩している時などには起きるんですが、今年のダルビッシュの場合、これが一番影響していると言っていいでしょうね。これと関連して、先ほども指摘した腰椎の3番のところのズレですね。そういうものが合わさって、センターを崩す力として働いている。センターが崩れると心の軸がブレますから、気迫に影響するんですよ。バシッと勝負できないとか。

――確かに、今年はストレートで勝負に行く時、力んでいるのがよくわかるんですよ。6月ぐらいからは、ここぞという時にもストレートで勝負することが少なくなりました。キャッチャーの要求もあるんでしょうが。

高岡 そこだよね。ストレートを投げる時に力んじゃって、リラックスしてズバッと行けないと。キャッチャーも打たれるのが嫌だから、変化球を要求するでしょう。そこでセンターの通りが不足していると、まさに妥協しちゃうんですよ。かわそうとか、逃げようという気持ちになってくる。

――そういうメンタル・メカニズムが働くわけですね。たとえば、同じスライダーを投げるのでも、逃げ腰で投げるのと、ズバッと投げ込むのとでは、切れが全く違いますものね。

高岡 本当に鋭い変化球というのは、センターがバシッと通っていないと投げられないんですよ。自分のセンターで、「レーザー」を通して攻め抜いといて投げる。そうすると、変化球がより効果的に決まるんです。剣術でも、ど真ん中を割るように間合いを詰めて行ってサッとどちらかに交わすと、相手には消えたとしか感じられなくなるんですよ。

※「レーザー」とは、仙骨の中心から人や物に向かって一直線に伸びていく身体意識のラインのこと。

――あります、あります、野球でも。本当に切れのいいスライダーやフォークボールに対して、バッターは「ボールが消えた」と言いますからね。「消える魔球」じゃないのに。

高岡 キャッチャーも捕ってるよ、客観的には消えてないよ、と。

バッターというのは、相手やボールを主観的に、徹底的に捉え切ろうとするがゆえに、相手の身体意識に影響されちゃうことがあるんですよ。ピッチャーとバッターの戦いの底には、身体意識をめぐる戦いもあるわけですよ。客席から見ていると、「へぇ~、すげぇ球」というだけで終わっちゃったりするんだけどね。

――ということは、ダルビッシュも今年の状態では、北京五輪のキューバだ、韓国だ、アメリカだというと厳しいですね。

高岡 厳しいでしょうね。
  メジャーリーグのトップ選手が出場するWBCなら、絶対に通用しないですよ。そんな檜舞台で、仙腸関節の固まっているピッチャーが活躍できるわけがないです。まあ、北京五輪は相手の実力にもよるんでしょうけど、仙骨から腰、背中全体をしっかりゆるめて臨まないと難しいんじゃないですか。

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