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高岡英夫の対談
「トップアスリートを斬る」

【文中で紹介された本】

第1回 高岡英夫の対談「トップアスリートを斬る」

  • 高岡英夫
  • 高岡英夫[語り手]
  • 運動科学者。「ゆる」開発者。現在、運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」「ゆる呼吸法」「ゆるウォーク」「ゆるスキー」「歌ゆる」を開発。一流スポーツ選手から主婦・高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。大学・病院・企業などの研究機関と共同研究を進める一方、地方公共団体の健康増進計画での運動療法責任者も務める。ビデオ、DVD多数、著書は80冊を越える。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」「ワールドクラスになるためのサッカートレーニング」「サッカー日本代表が世界を制する日」(いずれもメディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

第1回 室伏広治(1)(08.07.06 掲載)

――前回のアテネ五輪('04年)では繰上げの金メダルだったので、今回はスッキリと頂点に立ちたい室伏ですが、8月17日のハンマー投げ決勝ではどこに注目すればいいですか。

まずは室伏のセンターに注目を

高岡 何と言っても、身体の中心を通っている「センター(中央軸)」ですね。

※センター(中央軸)とは、身体の中央を天地に貫く身体意識。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム」(49ページ~)で詳しく解説しています。

 「センター」が、どのくらい見事に通っているか。まず、そこに注目して頂きたいですね。実際に「センター」の有る無しがわかるという人は、室伏が競技場に入ってきた段階で、その日の調子を見極めることができるでしょうね。「センター」の有無、あるいは、「センター」の形や質などによって、全身の筋肉や骨格の働き方から態度、集中力といった精神的な力まで決まってきますからね。

全身の雰囲気からでも、センターの有無がわかる

 室伏の姿を見ても「センター」まではわからないという人は、雰囲気や印象でそびえ立つような力強さを感じられるかどうかという見方もできますよ。あるいは、全身が力んでなくて、天地へ抜けるような清々しさを感じられるかどうか、ですね。もともと彼はハンサムだけど、それ以上に顔がすっきりとしているかどうか。また、室伏の達しているセンターがさらに強いときには、神々しいとさえ感じる人がいるかもしれません。そのように感じられるかどうかということが、直感的に見える「センター」の有る無しでもあるんです。

――「そびえ立つような力強さ」とか、「天地へ抜けるような清々しさ」というのは、「緩重垂立」ができているということですね。

高岡 いきなり言っちゃいましたね、松井君。「緩重垂立」はたしかにわかりやすいけどね。

※「緩重垂立」とは、操り人形の頭頂部を吊り下げて立たせたような究極の身体ならではの立ち方。『究極の身体』第5章「身体分化・各論[全身分化/緩重垂立]」(256ページ~)で詳しく解説しています。

究極の身体がわかれば、オリンピックを見る目がガラリと変わる

――新連載の第1回ですし、ズバッと行きましょう。しかも、あと1ヵ月足らずで北京五輪が開幕して、超一流アスリートのパフォーマンスが見られるんです。ちょうどいい機会なので、「究極の身体」について勉強しておくと、見方がガラッと変わりましす、見慣れた競技や選手であっても、新たな発見がいくつもあると思いますから。

高岡 まさに、そうなんですね。テレビで観ていても、「究極の身体」について知っていれば、本当に異次元の見方ができますよ。

 ただ、ここでお話する内容は私が独自に研究してきたことで、まったく新しい概念が多いんです。そのために、いまの緩重垂立のように私の創った言葉がたくさん出てきます。そうかといって、その意味についてここで一つずつ解説していてはフットワークが良くありません。『究極の身体』の本には、そういうことが詳しく書いてあるので、スポーツはもちろん他の身体運動、あるいは身体そのものの見方を変えたいという人はぜひ参考にしてもらいたいですね。

――話を戻しますと、室伏は、初めてオリンピックに出場したシドニー五輪(2000年)では、雨で滑りやすい投てきサークルに戸惑って、平常心で戦えなかったんですね。それでアテネ五輪では、ゆったりとして落ち着いて競技に臨もうとしたそうです。実際、当時の室伏は、まさにそびえ立つような力強さがあって、それを見ていて怖いと思った選手もいたようですね。

高岡 アテネ五輪の時も、室伏のセンターは、かなりのところにまで達していましたよ。近くにいた選手が、そのように見えたのも当然でしょうね。

――「身体意識」というのは、心と身体の両方に影響を与えますからね。その「身体意識」で最も大切なものが「センター」でしたね。

※身体意識とは、高岡の発見した身体に形成される潜在意識のことであり、視聴覚的意識に対する「体性感覚的意識」の学術的省略表現である。『究極の身体』(講談社)の第2章「重心感知と脱力のメカニズム/センター」(72ページ~)で詳しく解説しています。

高岡 その通りです。だけども、そういう落ち着き払った態度というのは、一般に、行動やメンタルをコントロールした結果と考えるでしょう。現実に、現在のスポーツ界ではメンタルマネージメントやメンタルトレーニングに取り組む選手が多いですね。

 でも、オリンピックのような大舞台で、落ち着きはらった行動を取りたくなったり、あるいは、そういう行動を取ろうと思って、実際にできてしまうという選手には、それをさせている、潜在的な背景があるんですね。そして、その代表的な一つが「センター」が通っていることなんですよ。

 といっても、「センター」があれば、メンタルトレーニングは一切効果がないというのではなくて、「センター」が通っていれば、その分より高い、強力な水準でメンタルコントールができるようになるということです。一方で、身体の方もそうなんですよ。身体もリラックスしてパワーがバランス良く出せるように、いろんな方法でコントロールしようとしますが、「センター」があれば、より高いレベルでそれができるということです。

超一流のアスリートは、「存在が不連続」

――パフォーマンスを見ていても、あるいはインタビューをしても、そうなんですが、オリンピックでメダルを取るような選手は、普通の選手とは違いますからね。

高岡 超一流選手というのは、存在が不連続なんですよ。日本のトップ選手レベルまでは、草の根レベルから連続していて、同じ見方ができるんですね。だけど、超一流選手というのは、「雲の上の存在」というけれど、日本のトップ選手レベルと同じ見方をしていたのでは理解し切れないんですね。

 ただし、「センター」と言っても、それは潜在意識の話なので、本人が意識してない場合も多いんです。だから、本人でも、こう考えるように注意したとか、このように行動のコントロールをしたとか、顕在意識に上る事々を語る場合がほとんどですね。見ている側も、目に見える行動や具体的な発言だけで判断する場合が多いですよ。

――室伏は、選手の中でも、珍しく身体意識について語れる方でしょうね。今時少なくなった「求道者」という雰囲気を漂わせている選手の一人です。ハンマー投げは、投てきサークル内で4回転して投げますが、同じ動作を何度も何度も繰り返します。野球のバッティングにも通じるところがあって、室伏は普段から身体の回転軸(センターのタイプの一つ)を意識していますし、常に重心の位置を意識しながら練習をしていると話していました。「センター」も、かなり発達しているんでしょうね。

高岡 そうですね。日本選手権(6月27日)に出場したところを見ましたが、肉体が年齢的に難しいところに差し掛かっているのに対し、センターはむしろ少しずつ良くなってきていて、身体の「割れ」などが進んでましたね。

――「割体」ですね。これは、昔の武術にもよく出てきます。名人、達人の境地に到達している人たち、それに超一流アスリートに見られる究極の身体づかいの一つですね。

 では、次回は、この「割体」が、ハンマー投げにどのように関係しているかについて、じっくり聞きたいと思います。

※「割体」とは、「センター」に沿って右半身と左半身をずらし合うという身体操作をいう。『究極の身体』(講談社)の第5章「身体分化・各論[割体]」(208ページ~)で詳しく解説しています。

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