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“ゆるトレ”で史上初の国体5連覇&高校4冠

【文中で紹介された本】

松井浩の特別インタビュー 「関西高校ボート部 森川幸夫監督」

  • 森川監督
  • 森川幸夫監督[語り手]
  • ’62年岡山生まれ。大学時代はラグビー部に所属していた。'86年関西高校に英語教師として赴任し、‘88年ボート部監督に就任。以後、同校ボート部を全国トップレベルに育て、ジュニア日本代表も多数輩出してきた。昨年、舵手付きクォドルプル(4人漕ぎ)で史上初となる国体5連覇、高校4冠を達成した。名刺に、「なつかしの昭和シリーズ」と題し、強力殺虫剤のハイアースや大塚のボンカレーをもつ和服姿、寅さんなど10種類以上のキャラクターに自身の顔写真を入れるユニークな先生。
  • 松井浩
  • 松井浩[聞き手]
  • 早稲田大学第一文学部在学中から、フリーライターとして仕事を始め、1986年から3年間「週刊文春」記者。その後「Number」で連載を始めたのをきっかけに取材対象をスポーツ中心にする。テーマは「天才スポーツ選手とは、どんな人たちか」。著書は「高岡英夫は語る すべてはゆるむこと」(小学館文庫)「打撃の神様 榎本喜八伝」(講談社)等。高岡英夫との共著に「サッカー世界一になりたい人だけが読む本」(メディアファクトリー)、「インコースを打て」(講談社)等がある。

“ゆるトレ”で史上初の国体5連覇&高校4冠(1) ~森川幸夫監督~(2009.03.14 掲載)

――史上初の国体5連覇(※)。そして、高校4冠(選抜大会、朝日レガッタ、高校総体、国体)おめでとうございます。森川先生は、監督就任ちょうど20年で大変な偉業を達成されたわけですが、ご自身は、選手としてボートの経験が全くなかったそうですね。

※これまで国体の高校部門では、国体出場全競技種目を通じて3連覇が最高連覇記録だった。その記録を塗り替えての4連覇('07年)、5連覇('08年)は、日本スポーツ史上、その希少性という点でいえば、オリンピックでの2大会連続2種目金メダルの北島康介の記録に勝るとも劣らない記録である。

森川 そうです。高校の途中で始めたラグビーを大学卒業後も岡山のクラブチームで続けましたので、ボートの経験はなかったでんです。’88年にボート部の監督となって、生徒に教えてもらいながら一から勉強しました。といって、当時のボート部は遊んでいるようなもんでしたが。

――3年間はボロ負けだったそうですね。

森川 そうでした。監督になって1年目(‘88年)から全国大会へは出るようになったんですけど、大差をつけられての予選落ちで、当時の生徒たちは関西高校のジャージが恥ずかしいと言いました。同じ中国地方の高校からは、「関西なんか来なけりゃいいのに」と言われたりもしてですね。しかし、その言葉を聞いて、全国大会に来るだけではダメで、いかに勝負するかだと痛感して、やる気のスイッチが入ったんです。

――監督に就任して9年目の’96年に、初めて日本一になられましたね。

森川 実は、監督に就任して6年目に、ロサンゼルス五輪('85年)の銅メダリストだったカナダ人(カムハーベイ氏)にコーチをしてもらいまして、練習法から指導法まで実に多くのことを学びました。全国大会で勝てたのは、その経験がとても大きかったです。

――日本一になられた後のことですね、ゆる体操をお知りになったのは。

高岡先生によるゆる体操の実演を見て、すぐに「これはいいかもしれない」と思いました

森川 そうです。監督になって13年目(’01年)の秋に全国高体連ボート専門部の指導者講習会があって、高岡先生がインストラクターで来られました。それまで、ゆる体操は聞いたことも、見たこともなかったんですが、高岡先生の実演を見て、すぐに「これはいいかもしれない」と思いました。あの柔らかな動きが、ボートの動きそのものだと思ったんです。

――監督は生徒たちに、ボートを漕ぐ時のお尻を滑らしながら脚を曲げ伸ばしする動きを「尺取り虫のように」と説明されているそうですね。

森川 はい。技術動作を言語化することで、よりイメージしやすくなると考えています。その尺取り虫のような動きが、ゆる体操に近いと思いました。

――本当にそうですね。なんたって、尺取り虫ですからね。あの動きをスムーズに、しかも3分以上も繰り返そうと思えば、身体がゆるゆるにゆるんでいないと難しいでしょうね。ただ、最初の頃('02年)は、監督が生徒の前でゆる体操をされたけれど、生徒たちはポカンとしていたとお聞きしました。

森川 そうなんです。見よう見まねでゆる体操をやってみたんですが、生徒にすれば、監督がいきなりクネクネしだして、「何やこれ」って感じだったでしょうね。ゆる体操についてきちんと説明してあげたいけど、それができなくて困りました。

――それで、翌’03年に自らゆる体操の教室に通い始められた。

森川 その頃、私も遠征が続いてとても疲れとったんです。なんとかならんもんかなと思っていたら、知人から(岡山在住ゆる体操指導員の)小野(勝之)先生がゆる体操の教室を開くよと教えてもらったんです。実は、小野先生は、うちの息子が極真空手を習っていたことがあって知っていたものですから、「これや。ゆる体操がやっと岡山へ来たわ」と思って。偶然といえば偶然なんですけど、うまいこと習えるようになったんです。

――ゆる体操を習い始めて、まず、遠征続きで疲れた監督ご自身の身体の方はいかがでしたか。

森川 非常に楽になりました。それから僕は、授業の前にも教室でササッとゆる体操をするようになりました。「起立、礼」の挨拶をする前や、「礼」の直前に教壇でしたり、生徒に作業させている間に、教室の後ろの方へ行ってしています。肩こりがとれたり、頭がすっきりしてリラックスできますね。

――クラブ活動と授業の掛け持ちは、「両方とも本当に好きじゃなければやってられない」と言われるぐらい重労働ですものね。全国のお疲れの先生には、この森川監督のように、ぜひゆる体操で効率よく疲労回復をして頂きたいと思いますが、一方の生徒たちは、どのようにゆる体操を始めたのですか。

森川 当時は、小野先生に2、3ヵ月に1回とか、月に1回とか定期的に学校へ来てもらって指導をしてもらいました。よく覚えているのは、ゆる体操を始めて2年目の’04年に、台風による暴風でJRも止まる中、指導に来てくれたことです。「おお、木が倒れたぞ」と言いながら、生徒たちを練習場まで車で送りました。あれは、本当に助かりました。国体で初優勝したのは、その直後のことでした。そして、次の'05年から、うちの生徒たち専門の教室を作ってもらって、週1回指導してもらっています。私自身は、その生徒の教室へは行かないようにしているんです。生徒たちと少し離れる時間があってもいいかなと思って、小野先生に一切を任せています。

――ゆる体操を取り入れて、生徒たちには、どのような効果が現れましたか。

森川 まず、腰痛を訴える生徒がいなくなりました。「尺取り虫のような」動きを繰り返すので、かなり腰に負担が来るわけですよね。それまでは腰痛を訴える生徒が多かったのですが、練習前や寝る前に、痛めているところをゆるめて、ゆるめてと続けていく中で、ケガ人が少なくなりました。

ゆる体操を導入するようになって、3年生の国体まで、選手の能力が右肩上がりに伸びていくようになった

ゆる体操指導員の小野 私が生徒たちを見ていて思うのは、高校3年の国体まで生徒が成長するということです。他の学校の場合は、高校でボートを始めて順調に成長してきても、3年になるとあまり上達しなくなるんですが、関西の生徒たちは最後まで伸びますね。だから、5月の選抜大会や8月の総体で負けても、10月の国体で逆転して優勝するケースが多いと思います。

森川 それは言えてますね。ゆる体操を取り入れるまでは、3年生になると俗にいう「飽和状態」が起きて、限界ではないんですけど、伸びが鈍化するという傾向はありましたね。マンネリというか、ずるずると行く感じですね。そして、多くの場合、その時期に妥協が生まれてくるんです。妥協した瞬間に、ドーンと落ちますから。でも、ゆる体操を取り入れてからは、それがないですね。最後の大会である国体までずっと伸びていきます。

――確かに、ゆる体操を導入して3年目の'06年には8月の高校総体で3位だったのが、10月の国体で優勝。翌'07年は高校総体で準決勝敗退だったのが、10月の国体では優勝していますね。

森川 そういう結果を見ても、ゆる体操は、本当にボートにぴったりなんです。漕げば漕げほどゆるむ。走れば走るほどゆるんで、なんぼで走れるという飛脚ですね。「これや」と思いますね。漕げば漕ぐほどリラックスが生まれるようになると、なんぼでも漕げるようになります。

――ゆる体操でスタミナがついたということですね。

森川 瞬発力も上がっていますよ。

――監督は、また「石垣の溝」というキーワードも作っておられますね。ボートのオールの先を水に入れる時、石垣の溝ほどのピンポイントで入れる精度が必要だという意味だそうですが。

森川 ボートの構えがあるじゃないですか。野球のピッチングやバッテングでも、他のスポーツでもそうでしょうけど、その構えの時にいかにゆるんでいるか。オールが、水にスパッと入るかどうかは、ゆるんだ構えができているかどうかにかかっているんです。手もプラプラにゆるんでいて、身体もゆるんで構えられて、オールが水にスパッと入れば、力がなくても、舟がスッと出ます。
  現実には、なかなか難しいんですけど、オールを身体の一部だと思って。オールの長さは、2メートル半ぐらいあるわけです。オールのブレード(先っぽ)を身体の一部だと思ってゆるめることで、感覚が研ぎ澄まされると思います。

――ということは、先におっしゃったスタミナと瞬発力。それに加えて、オールを石垣の溝に入れるような繊細さですね。それぞれ別々に鍛えなければいけないような能力が、ゆる体操という一つのメソッドを続けることで、ほぼ右肩上がりに養えるということですね。

森川 そういえると思います。ゆる体操を取り入れることで、それらの能力がコンビネーションされます。分業ではなくて、コンバインされますよ。

――現実に、関西高校ボート部では、筋トレも器具が揃っていなかったり、壊れていて、ほとんど行っていない、事実上ゼロということですし、陸上の練習としては、ゆる体操の他にはランニングぐらいのようですね。つまり、森川監督による技術指導と、チームや練習の雰囲気作り、それに加えて小野さんのゆる指導で、史上初の国体5連覇、高校4冠を達成したということですね。これは、クラブ活動のモデルケースとして、本当に貴重な実証例だと思います。

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