2013年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、企業経営者、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」をはじめ「身体意識開発法」「総合呼吸法」など、多くの「YURU PRACTICE(ゆるプラクティス)」を開発。運動総研主催の各種講座・教室で広く公開。一流スポーツ選手から主婦、高齢者や運動嫌いの人まで、多くの人々に支持されている。地方公共団体の健康増進計画などにおける運動療法責任者もつとめる。東日本大震災後は復興支援のため、ゆる体操プロジェクトを指揮し、自らも被災地で指導に取り組む。著書は『究極の身体』(講談社)など100冊を超える。
- クラゴン
レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は約13年。2012年6月のVLN4時間耐久レースで、日本人レーサー史上初のSP4Tクラス優勝を果たす。本場ヨーロッパのレーシング界において、常識を圧倒的に覆す上達と結果を出し続けている。
- 藤田竜太
自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
クラゴンの常識を圧倒的に覆す上達とパフォーマンスの謎に迫れ!
パフォーマンス分析編(12) (2014.10.21 掲載)
下丹田まわりの隙間部分が液体化してきている
高岡 さあ、このへんでもう一度動画を見せてもらおうか。
2013年のドライビング映像
※動画をご覧いただくには、Windows Media Playerが必要です。
<映像時間:37秒>
高岡 うん。注目すべきは下丹田かな。
藤田 クラゴンはもともと下丹田優位という印象があったんですが、さらに進化しているわけですか。
高岡 良くなっているよ。
どうなっているかというと、股と下丹田の間には隙間があるよね。
クラゴン はい。
高岡 それから腰と下丹田の間にも隙間があるんだけど、そうした下丹田まわりの隙間の部分が、今回のクラゴンは液体化してきているんだよ。
- 下丹田
藤田 なんと!
高岡 この動画からも、大きく重い下丹田が、その液体化したハラの中でブヨブヨブヨブヨ浮いているのがわかるよね。
この鼎談の冒頭で藤田君が、「2012年のクラゴンは、今回のレースのときに比べると、乾いたように見える」って言っていたけど、そうした印象は、この液体化の度合いの違いから来ているんだろうね。
藤田 「ドライ・クラゴン」から、「ウエット・クラゴン」へのアップデートですか……。
クラゴン 「ドライ・クラゴン」(笑)。
高岡 いやいや、2012年のクラゴンだって、他のドライバーに比べれば、突出した存在だったわけだからね。2012年も、2011年に比べればすごい進歩を果たしていたわけだし。
第一、2012年なんて、優勝しちゃった年だからね。
クラゴン 押忍!
2013年は古巣のチーム、「シュマーザル」から参戦
高岡 あれ? でもそういえば、こんなに良くなった2013年は何で優勝できなかったの(笑)。クルマは2012年と同じ、アウディTT-RSだけど、たしかチームが変わったんだっけ?
クラゴン はい。2012年はアウディのセミワークスの「レーダーモータースポーツ」チームからの参戦で、今回はボクにとっては古巣のチーム・シュマーザルからの参戦でした。で、クルマは2012年に優勝したレーダーの2号車を、シュマーザルが買い取ったのでまったく同じマシンだったんですが、エンジンだけは2.5Lターボから、2.0Lターボに載せ替えておりまして……。
- 今回のレースも2012年にレーダーで優勝した時と同じマシン。
シュマーザルが買い取り、エンジンを載せ替えた
エンジンを載せ替えたのは、今回優勝したLMSチームのアウディTT-RSも、レーダーモータースポーツのアウディTT-RSも同じだったんですが、彼らはシーズン当初にエンジンを換装していたのに対し、シュマーザルはこのレースが新エンジンのデビューレースだったので、それがビハインドといえばビハインドでした。データ自体は、アウディ系チームで共有していたわけですが、チームとして独自に試している部分もあって、そういう意味では、そもそもクルマとして100%のパフォーマンスに達していたとはいえない状態でした。
高岡 なるほどね。
本家レーダーの1号車にどこまで迫れるかが、チームとしての一番大きな課題だった
クラゴン それからドライバーも、前回組んだアウディのワークスドライバーに比べると、今年のチームメイトの二人は、それほど速いドライバーではなかったので……。
高岡 そういうことか(笑)。
クラゴン というわけで、チームの目標としては、ディフェンディングチャンピオンのLMSチームと、レーダーモータースポーツに次ぐポジション、つまり4位か5位がベストリザルトだろうと読んでいたわけです。
なおかつ、今回乗ったクルマの車体は、前年優勝したレーダー2号車そのものだったので、今回はその本家レーダーの1号車にどこまで迫れるかが、一番大きな課題でもあったんです。
高岡 そういうことだったんだね、それで。
クラゴン 結果から申し上げますと、そのレーダーの1号車が今回は3位。ウチが4位でフィニッシュしたので、チームとしては望みうる最高のリザルトを手にしたと喜んでいました。
高岡 そういうことか。専門的なことはわからないけど、セミワークスのレーダーチームと、サテライトチームのシュマーザルでは、道具は同じでもノウハウには差があるだろうし、ドライバーも3名いれば凸凹もあると。
そうした中で、クラゴンは少々速さの足りない、その2名のチームメイトの分までタイムを稼いで、チームに最高の結果をもたらす仕事を成し遂げたっていうわけだ。
- クラゴンの活躍もあり、
望みうる最高のリザルトを手にしたシュマーザル
クラゴン いや~、自分で言うのもアレですが、けっこういい仕事ができたと思っています(笑)。
高岡 それは大いに胸を張るべきだよ(笑)。
スピンした本人より、クラゴンの方が未来が見えていた!?
高岡 これまで分析してきたとおり、優勝した2012年に比べても、本質力が格段に優れてきていて、これだけ走りが進化していて、これだけすぐれたパフォーマンスを体現できているんだから、ライバルと同等のマシンと、もう少しペアドライバーに恵まれていたら、すごいことになっていただろうね。
藤田 なるほど。
そうした2013年のクラゴンのすごさが、一般の人にもわかりやすい映像があるので、それをご覧になっていただきましょうか。
これは、クラゴンの前を走っているクルマがスピンをして、それをクラゴンが回避するシーンです。
スピンした前走車をかわしていくシーン
※動画をご覧いただくには、Windows Media Playerが必要です。
<映像時間:13秒>
藤田 自分の直前でスピンしたクルマを回避するというのは、ドライバーとして非常に高い能力を要求されます。
高岡 そうだよね。
藤田 とくに、この動画では、スピンしたクルマが一度アウト側に出ていって、クラゴンの目の前が一瞬クリアになっていますよね。
レース中のドライバーは、少しでも前に、少しでも速く、というスイッチが入っているので、視界が開けた瞬間、加速しはじめる傾向があるんですよ。
高岡 でも、スピンしたクルマはそのままコースの外側へ飛び出していかずに、もう一度コース上に戻ってきちゃったからね。
藤田 そうなんですよ。
なので、もしあの進路上にスピンしたクルマがいなくなった瞬間、「よっしゃ、イケ~」と加速しはじめていたとしたら、あの戻ってきたクルマに激突していたはずなんですよ。
でもクラゴンは極めて冷静にスピンしたクルマの動きを読んでいて、再びコースに戻ってきたクルマが、きちんと止まりかけたのを見極めてから、危なげなく追い抜きをかけています。
これはなかなかニュルレベルのドライバーにもできることではありません。
高岡 う~ん、ということは、スピンしたクルマから、「いまは外側に向かって飛んで行っているけど、すぐにコース上に跳ね返るので気をつけて~」って無線が入ったんじゃないの(笑)。
一同 はっはっはっは(笑)。
高岡 だけど、そういうふうに見えたでしょ(笑)。
クラゴン さすがに無線は入りませんでしたが、真面目な話、前車のドライバー本人が、「あっ、ダメだ、スピンしちゃう~」と気づく前から、ボクには彼がスピンすることがわかっていました。だから、慌てる必要がなかったんです。
高岡 当然、それが真実だろうね。
スピンした本人より、クラゴンの方が彼の未来が見えていたのは間違いないよ。「お~、それじゃスピンしちゃうぞ~」「ほらほらほら」「あ~、やっぱりスピンしはじめちゃった」「うん、コースの外に向かって飛び出しそうだけど、これはイン側に戻ってきちゃうだろうな」って感じだよね。
クラゴン おっしゃる通りでありまして、ボクとしては、「あ~あ、それじゃダメだ。やっぱりダメか~」って感じでした。「アブナイ」とも思いませんでしたね。
高岡 だよね(笑)。「お気の毒に~」って感じでしょ(笑)。
クラゴン まったくです。
スピンしたドライバーは、クラゴンのプレッシャーに負けて自滅してしまった
藤田 この動画を見ていると、先ほどの、クラゴンのオーバーテイク(追い抜き)は親和系という話と矛盾するかもしれませんが、ここでスピンしたドライバーは、明らかにクラゴンのプレッシャーに負けて自滅してしまった感じです。もちろん、クラゴンから「どけどけ、じゃまだ」といった攻撃的なプレッシャーをかけていたわけではないので、相手がムカッとすることはなかったでしょうが、その代わり巨大戦艦が真後ろに迫ってきたような何とも言えないプレッシャーを感じて、辛抱堪らずスピンしてしまったんでしょうね。
- 巨大戦艦が真後ろに迫ってきたようなプレッシャーを感じ、
辛抱堪らずスピンしてしまった!?
高岡 このドライバーが、ちょっと弱すぎたってことだよね。
クラゴンが攻撃して、それに反応したというより、自ら破綻してしまったってことなんだろうね。
ただ、本当に柔らかいものが迫ってくる怖さ、追い詰められ方というのもあるからね。さっきのストレートはやたら速いけど、コーナーではクラゴンに追いつかれて、抜かれてしまったポルシェなんかは、未体験のプレッシャーを感じつつ、ある種の気持ちよさ、素敵な感じも味わっていたんだろうね。
それに比べ、このスピンしたクルマのドライバーは、身体意識的にいえば、やっぱり柔らかいもの、クラゴンが作り出している柔らかい空間に足をとられていったように見えるね。
クラゴン う~ん。
高岡 人間ってそんなもんだよね。
クルマ何台分の距離、つまり半径何十メートル、もっといえば何百メートルぐらいの空間でも、身体意識は当然働き合っているわけだから、こうしたことは有り得るんだよ。
藤田 いわゆるプレシャーとは全く別のものなんですね。
高岡 そういうこと。
クラゴンが作り出す規模の大きな身体意識の中に、他のドライバーの身体意識が乗っかっている
高岡 それにしても、こういう動画を見ていても、クラゴンの身体意識が大きくなってきていることが良くわかるよ。
クラゴンの作り出している規模の大きな身体意識の中に、他のドライバーの身体意識が乗せられているような状態が出来上がっているからね。
- クラゴンの身体意識はますます大きくなってきている
藤田 クラゴンは時速200km近くで疾走しているわけですから、その大きな身体意識も同じ速度で、サーキットのコース上を移動しているってことですね。
高岡 もちろん、でも規模的にはもっと大きくなっても構わないんだよ。
トレーニングに関しては、クラゴンのライバルともいえる某歌舞伎役者がいるよね。
彼の戦場は舞台だから、サーキットと違って一歩間違えると命にかかわるような危険はないよね。だから、私ももっと具体的に「今こうだから、もっとこうした方がいい」「今度こうやってみろ」と細かい指導をすることがあるんだけど、その中には身体意識の規模に関しても、「ここまで大きくしなさい」というのも含まれているからね。
クラゴン 彼の場合、どのぐらいの規模の身体意識が要求されているんですか?
高岡 まず、歌舞伎座なら歌舞伎座の劇場全体がすっぽり入るサイズだね。
クラゴン えっ、劇場全体ですか? それって相当な大きさじゃないですか。
高岡 そうだよ。それだけの身体意識は作らせちゃうからね。
そのうえで、それを支えるもっと巨大な身体意識だって作らせていくわけだ。
例えば、センターの高さは歌舞伎座タワー(高さ145m)よりももっと高くしていくし、深さは地下4階の歌舞伎座よりもずっと深く通していく。
その中に、劇場をちょうど包み込んでいくぐらいの大きさで、もっと色の濃い、強い身体意識空間を作っていくんだ。
そうやっていくと、やっぱりすべてが変わってくるんだよ。
何の相談、打ち合わせもしていない他の役者さんたちが、どんどんいい動きになってくるからね。
誰もがいい意味でライバル心を燃やし出して、どんどんいい方向でのパフォーマンスを競い合うように発揮するようになるんだよ。
クラゴン 他の役者までパフォーマンスが向上するというのはいいですね。
高岡 そうだろう。
本当に良い身体意識が作れていくと、チーム全体のパフォーマンスが良くなっていく
高岡 だから私も、直接指導している彼の演技の評価よりも、最近は彼と共演した他の役者さんの演技の評価の方が気になって、そうした記事を注意深く見るようにしているんだよ。
クラゴン なるほど~。それは面白いですね。
高岡 もっとも、批評というのは、すべてが正確な客観評価ではないわけだよね。
ときには、このところ少し落ち目な、スランプ気味の役者をヨイショしてあげて、元気を出させるとか、あまり誰かに偏ったりしないよう、まんべんなく褒められるよう、輝きが鈍い役者でもなんとか光っている部分を探して記事にしたりってことも少なからずあるよね。
でも、本音で褒めているかどうかなんて、記事を読めばわかる人にはすぐわかるからね。
だから、評者の本音の部分だけ抽出して、他の役者さんたちが、私の弟子の某役者の身体意識と空間の中で、どう躍動しているかだけを読み取っていくわけ。
藤田 やはり、某役者の身体意識は、他の役者さんの評価にも、少なからず影響しているものなのでしょうか。
高岡 その影響は小さくないよ。
ひとりでも優れた人間がいると、つまり本当に良い身体意識が作れていくと、全体のパフォーマンスが良くなっていくんだよ。
集団なら集団、チームならチーム全体はもちろんのこと、より広範囲に優れた身体意識の影響は広がっていくからね。
藤田 なるほど。
- 一人でも優れた人間がいると、チーム全体はもちろんのこと、
より広範囲に優れた身体意識の影響が広がっていく
これまで以上にチームと周囲にいい影響を与えるレースができた
藤田 ところで、「チーム」ということで思い出したんですが、最後にこの写真を見てください。
- チームと周囲にいい影響が与えられたレースだったことが、
チームメイトのサインから一目で伝わってくる
高岡 何これ? レース用のタイヤのように見えるけど、よく見るとタイヤに何か書いてあるね。
クラゴン じつは、レースが終わってから、今回一緒に戦った、チーム・シュマーザルのスタッフが、一人ひとりサインして、このタイヤの現物を、わざわざドイツから日本のボクのところに送ってきてくれたんですよ。
高岡 へ~、わざわざドイツから。そんなことってあるんだ?
藤田 そんなことしてきてくれるチームなんて、自分は寡聞にして知りません。
クラゴン ボクもこんなことははじめてです。監督のサインまで入っていますし……。
高岡 よほどうれしかったんだろうね。クラゴンとレースができて、入賞したことが。
クラゴン ボクも楽しくレースをさせてもらいましたが、彼らにとってもおそらく楽しいレースだったんでしょうね。
そういう意味で、まさに高岡先生が仰ったとおり、ボクもこれまで以上にチームと周囲にいい影響が与えられるレースができたんだと思います。
高岡 うん。クラゴンも今後がますます楽しみになってきたじゃないか。もっともーっとゆるんで、身体意識を育てていっていいんだよ。いくら上達しても、誰にも迷惑をかけないし、上達すればするほどみんなを喜ばせることができるんだから。
クラゴン 押忍!! ありがとうございました。
2013年ニュルブルクリンクレースを語る パフォーマンス分析編
-了-