2009年ニュルブルクリンクレースを語る 高岡英夫×クラゴン×藤田竜太鼎談
- 高岡英夫
運動科学総合研究所所長、NPO法人日本ゆる協会理事長・推進委員。東京大学、同大学院教育学研究科卒。東大大学院時代に西洋科学と東洋哲学を統合した「運動科学」を創始し、人間の高度能力と身体意識の研究にたずさわる。オリンピック選手、芸術家などを指導しながら、年齢・性別を問わず幅広い人々の身体・脳機能を高める「ゆる体操」を開発。
- クラゴン
- レーシングドライバーとして世界最高峰のサーキット、ドイツ・ニュルブルクリンクでのレースで活躍するなど、専門筋をうならせる傍ら、ドラテク鍛練場クラゴン部屋を主宰し、一般ドライバーの運転技術向上にも取り組む。「クラゴン」は日本自動車連盟に正式に登録したドライバー名。ゆるトレーニング歴は9年。
- 藤田竜太
- 自動車体感研究所(ドライビング・プレジャー・ラボラトリー)所長。自動車専門誌の編集部員を経て、モータリング・ライターとして独立。90年代は積極的にレースに参戦し、入賞経験多数。ゆるトレーニング歴も10年以上で、某武道の指導者という顔もある。
世界一過酷な耐久レースで超次元のスピードを可能にした「ゆるトレ」(1)(2010.01.19 掲載)
2008年12月に掲載した高岡英夫の対談スペシャル「モータースポーツ究極の世界」からおよそ1年。この間、ドライバーのクラゴンは、ドイツ・ニュルブルクリンク(※)で24時間耐久レース、及び耐久シリーズ戦=VLNの最終戦(このときは4時間耐久レース)という二つのレースに現地チームから出場。かねてから取り組んでいるゆるトレーニングが一段と進んだことで、現地チームスタッフを震撼させるほどの驚異的な活躍ぶりだったという。
そこで今回は、そうしたクラゴンの2009年シーズンを振り返る鼎談を行い、その模様を紹介します。
※スポーツカーに詳しい人々に、‘ニュル’の通称で知られているニュルブルクリンク。「ニュルブルク」とはサーキットが取り囲んでいる古城=ニュル城(「ブルク」はドイツ語で城)のことで、「リンク」(ドイツ語的には「リング」)はサーキットを意味している。場所は、フランクフルトから約200km、ケルンの南方にあるアイフィル高原の山間部にあり、F1GPなどを開催する近代的なGPコース(4.542km)とノルドシュライフェ(=北コース 別名オールドコース)の二つのコースから成り立っている。通常‘ニュル’という場合は、F1の舞台となるGPコースのほうではなく、ノルドシュライフェの方を指す。なぜなら、ニュルのノルドシュライフェこそ、スポーツカーの聖地と呼ばれる他に類を見ない世界一過酷なコースだからだ。
VLN最終戦でランキングトップのチームからチャンピオンを獲るために招聘されたクラゴン
高岡 報告によると、2009年のクラゴンは前年以上のドライビング・パフォーマンスで、本場ドイツのレーシングチームでの評価を一段と高めたそうだね。
クラゴン はい、おかげさまでそのような評価をいただくことができました。
高岡 すでに一定の評価があったからこそ、ドイツのチームからオファーをもらえていたのだろうけど、今年はその前評判以上の走りができたというわけだ。
クラゴン ええ……。
藤田 それについては、本人だと口幅ったいでしょうから、私が代わりに説明させていただきます(笑)。高岡先生のおっしゃられたように、クラゴンは2008年(クラス2位)と2009年(5月クラス6位)の24時間レースでの実績を買われ、2009年の10月にニュルブルクリンク(以下、ニュル)を舞台にした年間10戦の耐久シリーズ戦=VLNの最終戦に、その時点でランキングトップだった「シュマーザル」という現地の最有力チームと契約して出場を果たしました。
- 2009年10月、ニュル耐久シリーズ戦=VLNの最終戦に
ランキングトップチーム「シュマーザル」から助っ人要請を受けたクラゴン
日本人ドライバーとしては前代未聞の出来事である
高岡 それはクラゴンからチームへ売り込んだの? それともオファーがあったの?
クラゴン 先方からオファーをいただきました。というのも、じつはこのチームはボクが準優勝(SP4クラス2位)した2008年の24時間耐久レースのときに、最大のライバルだったチームでして、そのときの走りっぷりが印象に残っていたということでした。
高岡 ということは、最終戦に、なんとしてもチャンピオンを獲るために招聘された、助っ人外人ドライバーだったということだ。
藤田 まさにおっしゃるとおりです。せっかくですので、このVLNについて補足の説明をさせていただくと、同じニュルのレースでも24時間レースは世界的に有名ですが、VLNは日本のレース専門誌にもめったに取り上げられることがありません。そのため、ドイツのローカルレースと思われがちなのですが、基本的なレギュレーションは24時間レースとほぼ同じで、じつは出場台数も24時間レースと同じく200台前後という世界最大規模のレースなのです。強いていえば、24時間レースが国際色豊かな年に一度のお祭りレースだとすれば、VLNはドイツを中心としたツーリングカーの有力チームが、本気で力を競い合う、よりディープなレースといえます。そんなVLNの最終戦に、ランキングトップのチームから助っ人要請が来るというのは、日本人ドライバーでは前代未聞の出来事だといえるでしょう。
高岡 最終戦を前に、チャンピオンになる可能性がなくなってしまったチームが、持参金目当てで募集したドライバーではなく、チャンピオンになるためにクラゴンに声をかけてきたのだから、それは充分評価をしていいレベルの話だよ。
クラゴン ありがとうございます!
現地チームは当初、最強のNo.2ドライバーを求めていた
高岡 それにしても、先方がランキングトップのチームだったということは、彼らのレギュラーメンバーがすでに実力No.1だったわけだ。にもかかわらず、クラゴンに声をかけてきたということは、彼らの現有パフォーマンスより、クラゴンの実力の方が上だと認めてくれているということだよね。ドイツにだって名うてのドライバーは当然いるはずなのに、わざわざ日本人ドライバーを起用するなんて、よほどの決め手がないとありえないだろう?
クラゴン それについては、2008年に直接対決したことに加え、そのレースのあと、ボクの運転の様子を撮影した車載カメラの映像を、現地の主要チームに配っておいたので、その映像を見た今回のチームの監督がアポを取ってきたわけです。
高岡 ということは、決め手はその車載映像だったわけだ。そういう経緯は、もっとも関心があるところだし、それならそこまで期待されたというのもよくわかる。
クラゴン ところが、さすがに先方もトップチームとして知られた連中だったので、最初は自チームのエースドライバーの足を引っ張らなければOK、というレベルの期待でしかなかった節があるんですよ。なにせ、このチームは2009年、すでに6戦連続表彰台という結果を出しており、ランキングトップだったわけですから。おまけにドイツ人は、かなりプライドの高い国民性でもありますし。
藤田 つまり先方としては、最強のNo.2ドライバーを求めていたということです。とはいえ、VLN優勝を狙う最有力チームのセカンドドライバーというポジションだって、これまで現地からオファーがあった日本人ドライバーは皆無だったわけですから、彼らのクラゴンに対する期待の高さは生半可なものではなかったはずです。
高岡 複数のドライバーで戦う耐久レースである以上、エースドライバーとセカンドドライバーの実力に大きな開きがあっては勝負にならないはずだからね。
藤田 そうなんです。耐久レースの場合、一定以上のタイムが出せる速いドライバーであることは当然として、より速い上のクラスのクルマに抜かれたり、周回遅れのクルマを抜き去りながら、コンスタントに良いタイムを刻めなければなりませんし、さらに同じタイムでもどれだけクルマやタイヤへの負担が少ない走りができるかということが問われます。チームがクラゴンを起用したのは、単純な速さもさることながら、そうした部分も車載映像でチェックすることができたので、契約する気になったんだと思います。
高岡 でも、そのレースでのクラゴンは、チームの期待を良い意味で裏切ったという話だよね。その過程が気になるな。
コックピットに座るとメカニックたちが冷笑、でも走り始めた1周目から…
藤田 これも走りに専念していた本人よりも、客観的な話のほうがおもしろいので、私がご報告させていただきます。このレースのハイライトは、なんといっても走行初日の出来事です。今回クラゴンが乗ったクルマは、ホンダのS2000という運転席と助手席しかない2シーターのクルマ(現地仕様)なんですが、量産車ベースのレーシングカーなので、車体の剛性アップと万一事故があったときに乗員を保護するために、車内をスチールのパイプで囲んでいました。専門用語でいうと、ロールケージ(ケージ=檻・かご)といいますが、これがただでさえ狭い2座席の室内に、ジャングルジムのように張り巡らされているので、乗降性は最悪でして……。そこへきて、クラゴンはたっぷりアンコの詰まったリトル・スモーレスラー体型をしているので、クルマに乗り込むときにロールケージに体幹部が引っかかってしまい、自力で乗車できないという事件が発生したんです(笑)。
- 今回クラゴンが乗ったクルマ「ホンダS2000」の外観
- ホンダS2000のコックピットの様子
クルマの剛性アップのため、ロールケージが張り巡らされている
高岡 レーシングドライバーが、レーシングカーに乗り込めなければ、パフォーマンスの発揮のしようがないじゃないか(笑)
藤田 まったくです。そこで見るに見かねたメカニックが、ロールケージに挟まって“亀の子”になっていたクラゴンのお尻をプッシュして、文字通りクラゴンをコックピットに押し込んだのです。
クラゴン ……(苦笑)
藤田 こんな有様だったので、もうメカニックたちの顔には失望感がありありで……。もともと車載映像などは、チームの監督やエンジニアしか見ていませんから、現場のメカニックは「どこの馬の骨?」という感じだったのに、一応大柄のドイツ人でも乗降できるスペースに身体がつっかえてしまったわけですから、期待感はたちまちゼロ。メカニック同士で顔を見合わせて、冷笑している状況でした。
クラゴン そうだったんですか。日本から来てくれた応援団のメンバーが、ゲラゲラ笑って大喜びをしていたことは知っていましたが。
藤田 大笑いしていたのは事実なんですが、そこには2つの意味があったんです。ひとつは、その光景そのものが事実としておもしろかったから。そしてもうひとつは、メカニックたちの落胆振りがおもしろかったから。
高岡 つまり応援団のみなさんは、走り出しさえすれば、メカニックたちの失望感を払拭できるとわかっていたわけだ。
藤田 ええ。当初の「どれだけ走れるんだ、コイツは?」という身構えた姿勢から、明らかに「ダメだ、こりゃ」ってため息をついているような状態だったので、「これは見モノだ」と、こっちは反対にワクワクしていたわけです。
クラゴン ホントにタチが悪い人たちだな~
高岡 それで走り出して何周ぐらいしたら、彼らの評価が変わってきたの?
藤田 それは1周目のタイムが計測された時点です。
高岡 その1周目というのは、何周か練習走行した後に、最初にタイムを計ってみた周ということなの?
藤田 いいえ、正確にいうとこういうことです。はじめてそのクルマに乗り込んでピットを出て、コントロールラインに来るため1周近く走ってきて、そこから計測を開始してもう一度コントロールラインに戻ってくるまでの正真正銘の本気で走った1周目です。
- わずか1周目から現地のエンジニアたちの度肝を抜いたクラゴンの走り
メカニック全員の目を釘付けにしてしまったクラゴンの圧倒的なパフォーマンス
クラゴン クルマははじめて乗るクルマ。そしてニュルは半年振りという状況だったので、そのクルマとタイヤの組み合わせでは、すべてのコーナーが初体験という状況でした。
藤田 そのクルマにはデータロガーといって、タイム(区間タイムを含む)や車速、加速度の変化、アクセル、ブレーキ、ステアリング等のドライバーの各種操作といったデータを計測・保存する計器が搭載されていたんですが、クラゴンが最初の1周を走り終えてピットに入ってきたときに、そのデータロガーのデータをパソコンに読み込んでチェックし始めたときの担当エンジニアの表情といったら……。きっと我が目を疑うようなデータが表示されていたんでしょうね。
- データロガーのデータを読み込んで、モニター表示したもの
メカニック全員を釘付けにさせたクラゴンの圧倒的なパフォーマンスとは
- クラゴンの走りを見守る「シュマーザル」のエンジニアたち
クラゴン ボクにもタイムを教えてくれなかったぐらいですから(笑)。それで「とにかくもう一度走ってきてくれ」ということになったので、もう1周走って戻ってきたわけですが、そうしたら今度はメカニック全員が群がるようにロガーのデータを覗き込んでました。
高岡 よっぽど度肝を抜くようなパフォーマンスだったんだろうね。
藤田 走行後の食事のときも、クラゴンと日本人のクラゴン・サポーターは、談笑しながらケータリング(仕出し物の料理)に手を伸ばしていたのに、チーム関係者ともう一人のドライバーは、パソコンに釘付けで、食事どころではなかったぐらいですから。
クラゴン はじめてそのクルマに乗ったボクの走りを、彼らが躍起になって分析・研究していたわけで、ボクも正直驚きました。
藤田 けっきょく、これまでずっとやってきた彼らがいままで出すことのできなかったタイムを、クラゴンがポーンとあっけなく出してしまったので、データロガーの情報を分析し、一体どこにタイムを縮める余地があったのか、必死になって研究していたんですよ。
- クラゴンが走ったときのデータロガーの情報を分析し、
タイム短縮のカギを必死になって探す担当エンジニア
高岡 つまり、クラゴンが先生の立場になって、彼らにタイムの出し方を教えちゃったということだ。それはさぞかしたまげただろうね。
藤田 このVLNというのは、懐の広いレースでして、フリー走行の時間には、レーシングカーに助手席をつけて、親しい人やスポンサーなどに同乗体験をしてもらえるサービス時間があるのです。それで、クラゴン・サポーターを代表して、我々の仲間ひとり(彼も日本でレースに出場しているレーシングドライバー)が同乗したんですが、思わず「クラゴン、気が狂ってるとしか思えないよ。いきなり乗ってこれじゃチームメイトがかわいそうだよ」とさけんだぐらいですから(笑)(第2回へつづく)